スイッチ

「先輩。言われた通り、現場にいた作業員たちには退去してもらいました。無理矢理、お昼の時間を早めてもらって」




 邪神ハスターによって半壊状態となっていた『トーキョー・アリーナ』から、渋々と作業員たちが外へと出て行く。すれ違いざまに文句も言われて、顔をしかめたのはICPO超常事件対策課所属の新人捜査官・海老名えびなヒデオだった。

 通話先の相手は、彼からすれば直属の上司にあたる“鷹村カズミ”。取調室のマジックミラーの前で、とある命令を与えていた。




「ご苦労さま。念の為、誰も中に入らないよう見張っておいて」



「了解っス!でも、いい加減に説明してくださいよ。何の為に、こんなことを?」




 金髪頭で耳にピアス、とても一目では捜査官とは思えない風貌の青年は、通話越しに先輩を問い詰めた。




「いずれ、わかるわ。成功すれば、ね」



「成功?だから、何がっスか〜!」




 鷹村がチラッとマジックミラー越しに取調室を覗き見ると、その命令を下した張本人・月森オボロが中に入って椅子に座る霊園サダコの前に机を挟んで腰を下ろした。




「……月森さんたちが、来るって聞いてましたけど。面会」



「その予定だったんだがね。コレを私に渡して、早々に帰って行ってしまったよ」




 そう言って、オボロは手に持っていた『懺悔タイマー』を机の上に置いた。

 ヒカルたちが帰ったというのは、嘘である。

 彼女たちもまたマジックミラー越しに、二人の様子を覗き見ていた。




「これは、ストップウォッチ……?」



「見た目はね。だが、これはれっきとした秘宝アーティファクトらしいんだ。名前は、『懺悔タイマー』というそうだ」



「懺悔タイマー……?」



「このタイマーのスイッチを心の底から懺悔しながら押すことで、その者が犯した罪で発生した被害の全てが元に戻る。そういう、秘宝アーティファクトだ」




 そう説明を受けた霊園は恐る恐る『懺悔タイマー』を手に取ると、不思議そうに秘宝を見つめた。




「これを、なぜ……月森さんたちが?」



「キミのために、ダンジョンに潜って入手してきたらしい。どこで、知ったかは分からないがね」



「これを、私が押せば……邪神が起こした被害は、全て元に戻るということですか?」



「ああ。ただし、注意事項が一つある」




 ぴっと人差し指を立てて、月森オボロは声のトーンを一段と低くし霊園に真剣な表情で迫った。




「注意事項……?」



「心の底から懺悔してないとみなされてしまった場合、キミ自身に罰が下ってしまうそうだ。もちろん、被害も元には戻らない」



「そんな……罰って、具体的には?」



「それは、私にも分からない。説明にも、書かれていなかった。最悪、……なんて、こともあるかもな」




 物騒なワードに反応して、思わず持っていた秘宝を机に落としてしまう霊園。恐れてしまうのも、無理はない。

 そんな彼女に、容赦無くオボロは話を続ける。




「自分の罪が軽くなるというよこしまな思いで使えば、自分に返ってくるってわけだ。もちろん、無理に使う必要はない。こちらとしても、重要参考人に何かあったら大変だからな」




 ジッと見つめてくるオボロに、再び『懺悔タイマー』を手に取る霊園。

 ヒカルたちを中に入れなかったのは、彼女に余計なプレッシャーを掛けさせない為。

 霊園サダコ自身に、選択を委ねる為であった。





「や……やります。私に、押させてください」



「……いいのか?失敗すれば、死んでしまうことだってあるかもしれないんだぞ」



「構いません。これで、被害に遭った人たちが少しでも助かってくれるのなら……!」




 これが、月森オボロ流のウソ発見器だった。


 少しでも反省の気持ちが無い者ならば、ここで使用する選択は選ばないだろう。失敗のリスクが大きすぎるからである。

 逆を言えば“使う選択をした”ということは、それだけでという証明になるという理屈だ。


 もちろん、確実な立証わけではないが。




「よかろう。押すことを、許可する」



「良いん……ですか?本当に」



「構わん。責任は、全て私が取る」




 その言葉に、霊園サダコはふっと息を吐いて『懺悔タイマー』のスイッチに指を添えた。


 その様子を見て、マジックミラー越しに立っていたヒカルたちもゴクリと息を呑んだのだった。



 そして、一つしかないスイッチを力強く彼女が押すとユラアッと青白い光を放出し始め、しばらくすると収束していき何事もなかったかのように収まっていった。




「これは……失敗、ですか?」



「分からん……が、キミには何も被害が及んでいない。と、いうことは成功なんじゃないか?」




 月森オボロはマジックミラーをジッと見ると、彼だけに鏡越しの人間たちの姿が目に映る。

 これもまた、彼の【見鬼】による能力だった。


 そんな上司からの視線を感じていると、鷹村の耳に今度は後輩からの素っ頓狂な声が響いた。




「せ、せせせ……先輩!大変っス!!建物が、勝手に元に戻っていってます!!!」



「何ですって!?」



「なんすか、コレ!?誰かの、ユニークスキル……んなわきゃねーか!」





 鷹村は呆れた顔で微笑むと、中にいる上司に向けて小さく手でオーケーサインを送った。

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