安堵

「彼女、誰かに扇動されたみたいなんだけど。その人のことを話そうとすると、苦しくなっちゃうみたいなの」




 神坂が霊園を見つめながら、出会った時のことを説明すると、月森オボロが考察した。




「呪いの一種だな……口封じなどで、裏社会の人間などが良く使う手口だ。影で手を引いている奴がいるということか」




 すると外から、いくつかのパトカーのサイレンが響いてくる。これだけの騒ぎになれば、当然といえば当然だろう。




「お父さん……」




 落ち込む霊園に寄り添いながら、ヒカルが父親を見つめる。警察が来れば、彼女は確実に捕まってしまうだろう。罪を犯したことは事実とはいえ、誰かにそそのかされていたのならば同情の余地はある。




「事件が、事件だ。普通の警察では、手が負えない……彼女の身柄は、私が責任を持って預かるとしよう。インターポールの名前を出せば、向こうも引き下がってくれるだろう」



「お父さん……彼女の罪は?」



「幸いにも死者は出てないようだが、重軽傷者は多数。建物の被害も甚大だ……無罪放免とは、いかないな。ただ、いくらか罪を軽くすることは出来るかもしれない。彼女の未来の為にも、色々と道を探ってみるとしよう」



「ありがとう……!」




 ふっと娘に笑みを見せて、オボロはぐったりとした霊園の肩を担ぐと、すぐに神坂が反対側に回り、二人で彼女の体を支えた。


 三人がゲートを通って外に出ていくのと入れ替わりに、一階にいた植村も上がってきてヒカルのもとへと駆け寄ってくる。




「月森さん!どうなった!?」



「あとは、お父さんが色々とやってくれるみたい。彼女のことも、含めて……」



「そっか……って、月森さんのお父さんって何者?」



「国際警察……うっ」




 突然、ふらっと倒れ込んだ彼女の体を、慌てて植村が飛び込んで抱き止めた。触れると、ヒカルの体は小刻みに震えていることに気付く。




「月森さん!?大丈夫?」



「ごめん……今更、何か怖くなってきちゃって。あはは……冒険者失格だね。これじゃ」




 植村でさえ【精神分析】を使って、恐怖を抑えつけていたのだ。むしろ、邪神の狂気に耐えつつ、まともに戦えていた彼女の精神力は賞賛に値するだろう。




「いや、凄くカッコ良かったよ。月森さん」



「ホント!?それは、新体操の私?それとも、冒険者の私のほう……?」



「うーん……どっちも、かな」




 俺の答えに彼女は満足げな笑みを浮かべると、そのまま体を預けて、静かに抱きついてきた。


 一気に心臓の鼓動が早くなり、俺の体は硬直してしまう。




「小さい頃ね。私が泣いたりすると、こうやってお父さんやお母さんに抱きしめてもらってたんだ。信頼してる人の胸の中って、自然と心が安まるの……だから、少しの間だけ。こうしてて、いい?」



「う、うん……いいよ。もちろん」




 つまり、信頼されてるってことだ。素直に嬉しい。少しでも、彼女の不安を取り除いてあげたいと思い、俺は背中に手を回してポンポンと優しく叩いてあげた。不思議と、やましい気持ちは無くなっていた。




「私が、戦えたのは……植村くんがいたからだよ」



「えっ?」



「植村くんなら、私が危機に陥っても必ず助けてくれるって……そう、信じてたから。恐怖を忘れて、戦いに集中することが出来たの」



「月森さん……」




 ふと至近距離で彼女と目が合ってしまい、急に緊張感が漂ってお互いに黙り込むと……月森さんは、スッと両のまぶたを閉じた。

 その仕草サインが何を求めているのかすぐにピンと来たが、一気に頭の中で様々な思考が駆け巡る。




 こ、これは……キスの合図、だよな!?


 いや、待て。目にゴミが入っただけでは?


 どっちだ!?するべきか?


 いや、女子に恥をかかせるわけには……!




 じっと目を瞑って待つ月森さんの顔を改めて見るとそんな逡巡など、どうでもよくなった。

 理性が本能に負け、気付くと俺は柔らかい彼女の唇に、自分の唇を重ねていた。




「大丈夫ですか!!」




 ふと耳に届いた大声に、ファーストキスの余韻に浸る間もなく、俺と彼女は慌てて身を離し、声のした方向に目をやると……そこには、大勢の警官たちが銃を構えて突入してきていた。




「ぶ、無事です!もう、怪物はいません!!」




 両手を挙げて、そう叫ぶと一人の警官が銃を下ろして無線で報告を始めた。




「中に、二名の男女を発見。外傷は無し、一般客と思われます。怪しい者の存在は見受けられず!」




 俺は、月森さんと再び目を合わせると、彼女は頰を真っ赤にして顔を俯けた。


 まだ、心臓がバクバクしている。

 ある意味、警察の人たちが突入してくれて助かったかもしれない。



 そして、俺たちは安否を確認されると、事情聴取を受けることになった。

 外へと連れて行かれると、いち早く噂を嗅ぎつけたマスコミたちと野次馬が集まっていて、後に大きくニュースに取り上げられる大事件となるのを感じたのだった。



 事件の黒幕など気になることは多かったが、とりあえず最小限の被害で抑えられたのは、不幸中の幸いといえるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る