月森オボロ

「させないっ!!」



 母親がヒカルの前に立ち塞がって、娘を守る為に身を挺した。邪神の一撃を代わりに受ける覚悟で。



「お母さん!!」



 ズバババババッ!!!



 だが、邪神の触手は親子へ届く前に、空から降り立ったの手によって、バラバラに切り裂かれる。おまけに、ヒカルの四肢を拘束していた触手まで全て両断され、彼女を解放させた。




「無事か?二人とも」




 長髪の黒髪を後ろで一つ結びした、スラリとした長身でスーツ姿の美形中年紳士が、持っていたステッキをクルリと回して床にトンと着ける。




「お、お父さん!?」



「あなた……どうして!?」




 それは二人が良く知る人物、月森ヒカルの父親・月森オボロ。その人だった。




「娘の晴れ舞台だ。見に来るのは、当然だろ?ただ、ママには避けられてるようだから、黙って見守っていようと思ってたんだが……そうは、言ってられなくなったんでね」



「そ……それは、こっちのセリフよ!今まで、どこに消えていたの!?どうせ、他の女のところでしょう?」



「残念だが、どこの家にも帰ってないよ。職を変えたばかりで、色々と忙しかったんだ。悲しい思いをさせたのなら、謝らせてくれ」



「職を変えた?あなたのような人が、冒険者以外に何が出来るっていうの!?」




 無限に生成できるのか、再び邪神から無数の触手が飛んでくると、オボロは持っていたステッキのカーブした取っ手の部分を器用に一本の触手に引っ掛けると、残りの触手も絡め取って一つにまとめあげてしまう。


 簡単にやってるように見えるが、恐ろしいまでの動体視力と杖術があってこそなせる高等技術であった。


 彼のユニークスキル【見鬼】は、大気中や身体に流れる気の奔流を目視して、あらゆる動きを予測・対応することが出来るという【魔眼】の亜種と呼ばれる視覚強化スキルであった。

 その能力によって、全ての触手の軌道を事前に捉えることが出来たのだ。




「久しぶりの家族の会話を邪魔するな。野暮だぞ?」




 ゴオッ!!




 一見、普通のステッキに見えた秘宝アーティファクト『トリスメギストス』から炎を生み出すと、まとめあげた触手に着火させて、一気に本体まで燃え上がらせていく。

 ただの杖に見えたおかげで、会場のセキュリティーを突破して、持ち込めたわけである。




「オオオオオオン!!!」




 あっという間に、全身を焼き尽くされる邪神を遠目に見ながら、月森オボロは何事もなかったかのように手帳型の身分証明書を取り出すと、妻と娘に披露してみせた。




「ICPO……この度、新しく創設された超常事件対策課の課長としてスカウトされた。この部署は、現実世界における秘宝や冒険者によって引き起こされる事件などを解決する専門チームだ」



「ICPO……国際刑事警察機構インターポール!?」



「立ち上げたばかりで、人手が足りなくてね。世界中を回らされていたのさ。たまたま、日本の近くに寄ることがあって来てみたら……どうやら、この仕事は天職のようだ。事件が向こうから、やって来るとは」



「そ、そんなのデタラメよ!」




 まだ嫌悪感を示す月森母に、オボロは胸ポケットに刺さっていた一本の薔薇を取り出して、彼女に差し出した。




「ここに来た理由は、ヒカルの応援だけじゃない……明日は、僕と君との結婚記念日だ。それを、そのお祝いを渡そうと思ってね」



「あ、あなた……!」




 一瞬でメロメロな表情に変わる月森母を、オボロは激しく抱きしめて、彼女の頭を優しく撫でた。


 そんな様子を、複雑な表情で見つめる月森ヒカルは、心の中で思った。




(お母さん。チョロい!チョロすぎるよ!!でも、まぁ……幸せそうだし、良いか)





「ヒカル!!」




 急に名前を呼ばれた方向に目をやると、神坂ナオが女子更衣室から回収してきた『ガチャコッコ』にガマ口財布をくくりつけて、こちらへと投げ飛ばしてきた。




「ナオ!」



「取ってきたよ……って、あれ!?もしかして、終わっちゃった?」




 ヒカルが苦笑いしながら、炎上していた邪神に目をやると、炎は消え黒焦げになった敵の姿が残ったが、みるみるうちに元の正常な状態へと復元されていく。


 そんな姿を見て、オボロは静かに妻の体を離すと、再び臨戦態勢をとった。




「再生能力持ち、か。完膚なきまでに、消滅させる必要があるようだ」



「待って、お父さん!」



「ヒカル……どうした?」



「ここから、先は……私が、やります。お父さんは、お母さんのことを守ってあげて」




 彼女の真剣な眼差しに、一瞬だけ迷った様子を見せたものの、すぐに彼はその意思を尊重した。




「ふむ。良いだろう、やってみなさい……ただ、決して弱い相手ではない。油断は、するなよ?」



「は、はい!」




 そう言って、オボロは再び胸ポケットから、今度は一枚のコインを取り出して、月森の持っていたガチャコッコに投入した。




「これは、僕からの餞別だ。『幸運のメダル』……レベル1の秘宝アーティファクトで、小さな幸運をもたらすという価値の低いものだが、特定のアイテムに使うことで特殊な進化をもたらす」




『幸運のメダル』を投入された『ガチャコッコ』は眩く光り輝いて、みるみる姿を変化させていった。


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