危急

 女子更衣室を目指し会場内を駆け抜けていた神坂は、死屍累々の惨状を目の当たりにしながら【韋駄天】を加速させると、まだ意識がありそうな少女が塞ぎ込んでいるのを発見し、立ち止まった。




「大丈夫?ここはまだ危険だから、早く逃げないと……」



「わ……私のせいなの!あの化け物を呼び出してしまったのは、私なのよ……!!」



「えっ!?それって……本当のこと?」




 震えながら告白した彼女・“霊園サダコ”は、静かに自分が通ってきた地下への階段を指差した。




「地下の電気室に、魔道書があるわ。それを使って、アイツを呼び出した……いえ、



「魔道書……まさか、学園の宝物庫から盗み出されたっていう?あなたが、犯人だったの!?」




 コクリと静かに頷く彼女に、神坂は静かに問い詰める。




「なんで、そんなことを……?」



「私の好きな男子が、月森さんに失恋したの……それで、ちょっと嫌がらせをしようと。ただ、それだけのくだらない理由。こんな大事おおごとになるなんて、思わなかったのよ!」



「じゃあ……あの化け物が狙ってるのは、ヒカルってこと!?」



「きっと、そう。でも、あの邪神は目についた人々を誰彼構わず襲いかかっている」




 虚な目で罪を告白する彼女の肩を、思わず強く掴んで神坂が叱咤した。




「あなたねぇ!学園が宝物庫に保管するほどの秘宝アーティファクトなのに、ただの嫌がらせで済むわけないでしょ?見習いとはいえ冒険者の端くれなら、それぐらい分からなかったの!?」



「ごめん……なさい。私も、どうかしていたのよ。突然、嫉妬心が抑えられなくなって……」



「はぁ!?どういうこと……?」



「うっ!?ううっ……!」




“レヴィアタン”の存在を話そうとすると、急に喉が締めつけられるような痛みに襲われ、必死に自分の首を抑え始める霊園。


 それは、大罪スキル【嫉妬】による呪縛の効果であった。




「ど、どうしたの?大丈夫!?」



「か……はっ!はぁ、はぁ……」



「時間が無い!呼び出したのなら、本の中に戻すことは出来ないの!?」



「分からない……ほとんどの文字が、解読できてなくて。あの化け物も、私の言うことには耳を貸してくれなかったし……」




 これ以上の問答は、タイムロスになるだけだと判断した神坂は、ひとまず本来の目的を達成することを優先することに決めた。




「とにかく、ここは危険だから……あなたも、早く逃げて。生き延びなきゃ、罪も償えないから」




 そう言い残すと、彼女は再び走り去って行った。



 しばらく、ぼーっと虚空を見上げてから、霊園も何かを決意したように、再び地下への階段を降りて行くのであった。




 その頃、戦場と化した会場内では、植村によって壁に叩きつけられた邪神ハスターがゆっくりと立ち上がると、纏っていた黄色の衣からたこのように無数の触手を出現させた。




「くっ……飛ばせる触手は、一本じゃない。って、ことか」




 予想通り、今度は複数の触手を突撃させてくる邪神。幸い、後ろにいる人々の避難は完了しつつある。これで、回避には専念できそうだ。




 ドドドドドドドドドッ!!!




 高い自動回避性能のおかげで、ほとんどの触手を躱していく植村だったが、全方位をカバーできるほどの物量攻撃は、そもそも彼にとって相性の悪いものであった。




 しゅるるるるるっ




 回避を潜り抜けた一本の触手が、植村の右足首に巻きつくと、まるでさっきの逆襲かと言わんばかりに今度は彼が壁に向かって投げ飛ばされてしまう。




「植村くんっ!!」



 ドンッ!!



 壁に激突して、ぐったりとする植村に気を取られている月森へと、邪神の標的が取って代わる。そして、放たれる多重触手攻撃。


 残っていた一本のクラブを巧みに操り、何本か捌いてみせた彼女だったが、やはり全てを凌ぐことは出来ず……。




「ううっ!?」




 今度は月森の四肢に巻きつき、はりつけのような状態にされてしまった。




「ヒカル!」




 そんな彼女に駆け寄ってきたのは、なんと月森の母だった。怯え隠れていたが、娘の危機に思わず体が動いてしまったようだ。




「お母さん……?来ちゃ、ダメ!逃げ……て」



「嫌よ!あなたは、新体操界のスターになるの!!こんなところで、わけのわからない怪物なんかに殺されるなんて……させてたまるものですか!!!」



「ごめん……お母さん。私は、新体操を続ける気は無い……私は、冒険者になりたいの……!」



「ヒカル!?な、何を……?」




 これが、最後の会話になるかもしれない。


 せめて、最後ぐらい本音を伝えたい。

 命の危急に晒されながら、真剣な眼差しを向けてくる娘に、母親は必死に解こうとしていた彼女に巻き付く触手から静かに手を離すと、聞く体勢に入った。




「お母さんが、私に新体操をさせたいのは誰の為……?」



「そんなの、決まってるじゃない……あなたの為よ!」



「嘘……自分の為でしょ?ううん。正確には、お父さんへの当てつけ……私を利用して、お父さんを見返してやろうとしてるだけ」



「ち、違うわ!私は……私は!!」




 そんな親子の会話を、ずっと待ってくれるわけはなく……非情にも身動きが出来なくなった月森の首元を確実に刈り取る為の触手が少し遅れて、邪神のローブから放たれてしまう。









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