開戦

 非常事態に、コーチの元へと集合する『冒険者養成校ゲーティア』新体操部の面々。


 その時、一枚の壁をすり抜けて、黄色いローブを纏ったが、フィールド上へと侵入してきた。壁の向こうでは、救援に駆けつけた警備員たちが全て魂を抜かれた姿で倒れ込んでいる。



 現れた異様な存在を目にした者は、逃げようとした客、新体操選手、お構いなしに精神耐性の低い者から次々と震えだして、その場から動けなくなった。




 客席にいた植村たちも、その存在を目の当たりにしながら、周囲で倒れ込んだ人々を介抱していく。

 幸いにも、彼らは異常をきたさずに済んでいたようだ。


 とは言っても、倒れ込んだ人々は、すでに何をしても反応を示さない抜け殻のようなものとなっていて、手の施しようは無かった。




「あれが、アナウンスしてた不審人物?絶対、ヒトじゃないよね!?」




 神坂の言葉に、植村は【鑑定】rank100を代替させて、謎の侵入者へ向けて目を凝らした。





 ハスター

 召喚型・邪神級クリーチャー

 身体能力 B

 精神耐性 AA

【特性】

 黄衣の王

 ソウルドレイン

 透過

 破壊光線

 狂気の波動





「やっぱり、クリーチャーだ……ただ、表記がダンジョンにいるような奴とは少し違う。召喚型だから、誰かに召喚されたってことなのか?」



「ど、どうするの?このまま、アイツを野放しにしたら、もっと犠牲者が増えていくよ!?」




 植村が悩んでいると、フィールド上の邪神が先に動きを見せた。




「……見つけたぞ」




 月森の姿を見て一言呟くと、身に纏っていた黄色のローブを再び触手のように操って、彼女の首元に飛ばす。

 これが、“黄衣の王”と呼ばれる敵の特性の一つであった。




「……っ!?」




 ギィン!!




 咄嗟に持っていたクラブで触手の軌道を変え、危うく首を切断されるコースだった未来を回避した月森。それは布とは思えぬほど硬く、今の一撃を凌いだだけで手持ちのクラブは壊れてしまった。

 元々、武器で使われるものではないので当たり前ではあり、むしろただの手具で攻撃を防いだ彼女の【適合者アデプタ】を褒めるべきだろう。


 そこへ、耳元に親友からの通信が入った。




「ヒカル!無事!?」



「ナオ?なんとか、生きてる……けど、危険な状況!そっちは!?」



「こっちも、何とか……今、助けに行く!」



「待って。なら、女子更衣室……そこに、私の秘宝ガチャコッコがある!それを、取ってきて欲しい。あと、がま口サイフもついでに!!」



「了解……心得た!」




 幸い、何度か会場ここには来たことがあるので、更衣室の道筋は知っていた。

 神坂は全速力でスタートダッシュを切りながら、植村に向かって叫ぶ。




「今から、ヒカルの秘宝を取ってくる!植村くんは、下の人たちを守ってあげて!!」




 持ち運びの良さと、本人の用心深さもあって、月森は常に秘宝を持ち歩いていた。見た目は、玩具おもちゃの時計のような形状のおかげで、危険物と思われることもなく、この会場内にも持ち運ぶことが出来ていたようだ。


 ある程度の硬貨とガチャコッコが揃えば、自分だけでなく戦える者たちに武器を提供することも可能となる。そうすれば、この戦況を少なくとも五分の状態にまでは引き上げられるだろう。


 あとは、親友が戻ってくるまで、時間を稼ぐことが出来るかどうかが鍵となる。




「先生!みんなを連れて、安全な場所へ……敵の狙いは、私のようです。残って、注意を引きつけておきますから!!」



「な、なにを……!」



「私は、大丈夫です!はやく!!」




 少し戸惑ってから、何かを決心したように、かつては日本代表の新体操選手にまで上り詰めた女コーチは、力強く月森に頷き返すと部員たちに指示を飛ばした。




「みんな、ここから避難します!近くに倒れている子がいたら、抱えてあげて!!」



「「「はいっ!!!」」」




 さっきまで怯えていた新体操部員たちも、コーチの一言でテキパキと動き始める。さすがは、体育会系の生徒であり、冒険者の卵たちだ。


 その様子をチラッと後ろを向いて、月森が確認していると、そこに虚をついたような黄色い触手が、緩急をつけたスピードで襲いかかってきた。




「しま……っ!?」




 すぐ近くまで、悟られぬよう地を這わせながら伸ばし、ある程度まで接近させた時に一気に噛み付く。まるで、蛇のような触手の変則攻撃に、月森の反応も一瞬だけ遅れてしまう。

 このままでは、今度は直撃する……と、本人も覚悟した。




 ゴオッ!!




 しかし、そこに“月森ヒカル”の影はなく、空振りした触手の豪快な風切り音が響くのみであった。




「月森さん、大丈夫!?」




 すんでのところで彼女を救ったのは、客席から【跳躍】rank100を使って、ダイレクトに降下してきた“植村ユウト”であった。

 触手が当たる直前、彼女に体に飛び込んで、危機一髪の救出劇を成功させたのだった。




「植村くん!あ……ありがとう」



「ここは、俺に任せて……月森さんも、安全な場所へ!」



「それは、できない……理由は分からないけど、あの怪物は私を狙ってるみたいなの。ここで私が避難場所に向かえば、他の一般客たちが危険に晒されるかもしれない!」



「月森さんを?わ、わかった……!」




 長く会話を交わしている暇もない。

 倒れ込んだ俺たちに、次なる触手攻撃が迫っていた。回避するのは容易いが、下手に躱わせば他の人たちにも危害が及ぶかもしれない。




【虚飾】が、【組み付き】rank100に代わりました




 飛んできた触手をガシッと掴むと思い切り、それをブン回して邪神の体を壁に激突させる。

 まるで、ハンマー投げの要領に吹き飛んでくれた敵を見て、俺はホッと胸を撫で下ろしたり


 相手の体の軽さもあっただろうが、【組み付き】により強化された投げの技能スキルが功を奏したようだ。

 幽体アストラル系の敵だと思っていたが、物理攻撃も通ずる類だったことが分かった。

 これなら、素手の状態でも戦うことが出来そうだ。








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