邪神

“黄衣の王”の放つ異様な殺気に腰が抜け、その場にへたり込む霊園サダコ。

 そんな召喚者に一瞥をくれて、邪神ハスターは電気室から静かに出て行こうとする。




「ど……どこへ、行くの!?」



「貴様の願いを、叶えに行く」



「今、出て行ったら……大勢の人に、見つかってしまうわ!」



「問題ない。排除すれば、良いことだ」




 扉をすり抜けて、霊園の制止も効かず、電気室の外へと出て行ってしまう邪神。何とか止めようとするも、恐怖のせいで立ち上がることすら、ままならない。

 戦闘力の低い人間であれば、その姿を見ただけで行動不能にさせてしまうほど、“黄衣の王”の狂気は凄まじかった。



 そのまま階段を上がり、一般客のいる通路まで辿り着くと、その姿にチラホラと気付く者が現れる。




「なんだ、アレ?コスプレ……うっ!?」




 数秒、その姿を見ただけでバタバタと倒れていく人々。その間を浮遊しながら通り過ぎると、邪神ハスターの顔を隠していた白い仮面の隙間から禍々しい触手が現れ、倒れている者からエクトプラズムのようなエネルギー体が飛び出してくると、その先端へと吸収されていった。


 吸収された人々は次々と意識を失って、ピクリとも動かなくなる。

 異変に気付いたのか、遠巻きにいた客たちが一斉に悲鳴をあげて、逃げ去っていく。




「な……何だ、貴様!?」




 騒ぎを聞きつけて、警備員と思われる男性が駆けつけると所持していた拳銃を構えた。冒険者たちなどが武器の所持を許可されたことによって、こうした守衛たちにも配給される時代になっていたのだ。


 警備員から敵意を感じ取った邪神ハスターは、纏っていた黄色いローブの先端を鋭く伸ばし、まるで槍のように相手の肩口を貫くと、その衝撃で彼は膝から崩れ落ちて、手から銃を落としてしまう。




「ぐうっ……はぁ、はぁ!え…A区画に、危険人物を発見!!直ちに救援と、観客たちの避難を……」




 咄嗟に通話機能を使って仲間に伝言を飛ばしていると気付けば、はすぐ目の前まで来て、立っていた。




「お……お前は、一体……何なんだッ!?」



「我が名は、邪神・ハスター。我の力の一部となること、光栄に思うが良い」




 そう言って、彼の頭上に手を伸ばすと、まるで魂を抜き取るかのように、さきほどと同じくエクトプラズムを抽出し、吸収していく。




「ハァ……ハァ……!」




 その頃、何とか正気を取り戻し、ようやく電気室から出られるまでに回復した霊園だったが、階段を上って彼女が見たものは、魂の抜け殻が邪神の通った道を示すかのように点々と通路に転がっている地獄絵図であった。


 その光景を見て、再び壁に寄りかかりながら崩れ落ちていく霊園。




「こんなのは……私の望んだ願いじゃ、ない。私は、ただ……月森ヒカルに、軽い罰を与えたかっただけ。なのに、なんで……」






 一方、いまだに邪神の存在が知れ渡っていない試合会場内は、新体操界の妖精による華麗な演技に酔いしれていた。





「凄い……」





 思わず、漏れてしまった俺の一言に、なぜか隣の神坂さんが自分の手柄のように満足げだ。

 確かに、親友がこれほどまでのパフォーマンスで大勢の観客たちを魅了しているのだから、誇らしい気持ちになるのも無理はない。


 実際に、彼女の新体操を見るのは初めてだが、素人目からしても美しいものだと分かる。

 もちろん、本人も美しいのだが何というか、手足の先まで意識が行き届いている感じ。どの一瞬を切り取っても、絵になるだろう。


 おまけに【適合者】の能力だろうか、二本のクラブをまるで道具が生きているかのように操っていたのが、更に芸術性を高めている。



 これは、結果が出るのが楽しみだと思っていると、演技中の曲が突然停止して、一気にザワつき始める客席。


 しかし、月森さんは音響トラブルだと思っているのか、無音の状態でも動揺を見せることなく演技を続けている。まさしく、プロフェッショナルといったところだ。




 パン!パン!パン!




 突然、鳴り響く銃声。


 ここまでくると、さすがにただの音声トラブルではないと感じ始めたのか、観客の何人かは悲鳴をあげて、やむなく月森さんも演技を中断させた。




 ピンポンパンポーン



『只今、館内Aブロックにおきまして、武器を所持した不審人物が暴れているのを確認しました。会場の皆様は、お近くにいる係員の誘導に従って、危険区域を迂回しての避難を始めて下さい。繰り返します……』




 館内に緊急避難のアナウンスが響くと、我先にと会場を出ていく数名の客に釣られるように、パニックになった人たちも雪崩の如く最寄りのゲートへと押しかけていく。もはや、係員の呼びかけなども届いていない様子であった。



 すると、無言で隣にいた神坂さんが俺の服の袖を掴んできた。振り向くと、不安そうに俺を見つめている。

 いくら、ダンジョンで幾多の魔物たちと交戦してきたとはいえ、現実世界リアルで遭遇する脅威というのは、また違った恐怖を感じるものだ。




「大丈夫。こういう時こそ、落ち着いて?多少は、戦うすべを持ってる俺たちが、観客たちの殿しんがりを務めてあげよう」



「う……うん!わ、わかった!!」




 不審者という言い方だと、相手は一人なのだろうか?恐らくは暴走した一般人だろうから、よほどのスキルの持ち主でもない限り、俺たちなら制圧に協力してあげられるかもしれない。





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