調理班
「さて。どうしてくれるのかな?植村くん」
「うぐっ!す、すみませんでしたぁっ!!まさか、本当にメイド喫茶で決まるだなんて思ってもみなかったんですぅ……」
放課後、俺は女子に詰められていた。そう、あの後……俺とレイジの意見に賛同してくる男子たちが増え始め、その流れのまま圧倒的男子票が集まってしまった“メイド&執事喫茶”が、見事に採用されてしまったのだ。
笑顔の神坂さんに詰められる俺を不憫に思ってくれたのか、隣にいた月森さんからフォローが入る
「まぁまぁ、決まっちゃったんだから諦めよう?男子も男子で、執事のコスプレするわけだから……」
「執事とメイドじゃ、恥ずかしさが違うでしょ。そうだ!何なら、男子がメイド姿になるのは?面白そうじゃない!?」
「それは……面白そうかも。植村くんのメイド姿とか、見てみたくはある」
ちょっと、月森さん!?
イケメン揃いのクラスなら、女装しても盛り上がるかもしれないが、ウチの男性陣だと普通に引かれて終わりのような気がするぞ。話を変えなければ。
「それは、男子と慎重な話し合いの場を設けるとして……今は、係の決め事を進めていきません?」
「なんか、上手い具合に話を逸らされた気がするけど……まぁ、いいか」
この三人が集まったのは、全員が調理担当に決まったからである。喫茶店というからには、ただのコスプレショーで終わるわけにはいかない。
神坂さんの怒りが収まったのを見計らって、月森さんが進行を始めた。
「喫茶店で、何を出す?コーヒー豆とか、紅茶の茶葉とかは、龍宝さんと綾小路さんが家から持って来てくれるみたい。いっぱい、あるらしいから」
「さすが、ローAが誇る二大財閥……頼りになる〜」
「ちょっとした軽食なら、学生店舗でも出してるところがあるから、差別化はしたいよね」
さすがは、月森さんだ。さっきまでメイドに不満そうだったのに、もう真剣に取り組んでおられる。
その波に乗り、俺も意見を出してみた。
「クッキーとか、ケーキとか……お菓子系に、限定してみる?ティーパーティーみたいな」
「それ、いいかもね!でも、作れるの?植村くん」
「まぁ、簡単な物なら。レシピさえ、あれば」
「そうなの!?どっかで、習ったとか?」
前世の仕事経験で、パティシェのお手伝いみたいなことをしたことがあるだけなのだが。
とはいえ、本当のことは言えないので……。
「母親の趣味が、お菓子作りでさ。たまに手伝ったりしてたら、いつの間にか覚えてたんだ」
「へぇ〜。仲の良い親子なんだね」
「はは……まぁ、うん。月森さんも、お菓子作りは得意だもんね?」
この言葉に、耳ざとく神坂さんが反応した。
「えっ!植村くん、ヒカルの手作りお菓子……食べたことあるの?」
「あ……あ〜、うん。小さい頃に、一回だけ」
バレンタインに貰った手作りチョコ。あの味は、色んな意味で忘れたくても忘られない。
チラッと月森さんの顔を見ると、彼女も恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「なんか……怪しい」
「なんも、ないから!神坂さんは、お菓子とか……作れないか」
「おい。聞く前から、決めないでくれる?まぁ……作れないけど」
むすっと答える神坂さんに、月森さんが素朴な疑問をぶつけた。
「でも、調理担当に立候補したってことは……ナオも、何かは作れるんだよね?料理」
「作れるよぉ……すぁ、サンドイッチ……とか?」
「サンドイッチ……料理と言われれば料理か、一応」
「ごめんってば……これから、勉強するからぁ!二人がいるから、楽しそうだと思って立候補しました。はい、すいません」
ついに白状して頭を下げるルームメイトを見て、なぜか月森さんは勝ち誇ったように満足げだ。
仲が良いなぁ、ほんとに。
すると、月森さんが時計を見て、ハッと席を立った。
「あ、ごめん!そろそろ、行かないと……」
「新体操?大会、近いもんね」
「うん。大会が終わったら、ゆっくり参加できると思うから……あとは、二人でよろしくね!」
カバンを肩に掛け、小走りで教室を出て行く月森さん。改めて、部活と冒険者の両立は大変そうだ。
「今日は、取材も入ってるらしいよ。人気者も、大変だよね〜」
「取材!?テレビの?」
「うん。高校新体操界の妖精って呼ばれてるの、知らない?特番で、ヒカルの特集を組むらしいよ」
「噂には聞いてたけど……そこまで、凄い人だったとは。接し方を改めなくては」
今しがた決まった内容をメモに取りながら、神坂さんが真面目なトーンで言ってきた。
「植村くんは、どんなにヒカルが有名になったとしても、態度を変えないであげて?特別に扱われるのも、しんどいもんなんだからさ。結構」
「おぉ……経験者は語るって、やつ?」
「私は、短い間だけだったけど……それでも、注目を浴びるってのは、なかなかの
なるほど。この時代だとSNSで叩かれたりもするし、良いことばかりじゃないよなぁ。
だから、新体操を辞めたくなったのかな……月森さん。
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