嫉妬

“霊園サダコ”が自分の教室に戻ってくると、先ほど玉砕した男子たちを発見し、彼女は音も立てず忍び寄ると、そっと彼に声をかけた。




「……大丈夫?相羽あいばくん」



「うわっ!?ビックリしたぁ……サダコかよ、驚かせやがって」



「ごめんなさい。元気が無さそうだったから、つい……」




 あからさまに不快そうな表情を見せる相羽と呼ばれる男子に、彼の周囲を取り囲んでいた仲間たちが、からかい始める。




「そういや、相羽。サダコに、告白されてたんだっけ?この際、妥協しとくか!失恋の痛手を、なぐさめてくれるかもしれないぞ」



「やめろよ!こんなヤツと付き合うぐらいだったら、死んだ方がマシだっつーの!!」




 男友達の手前、下手に強がってしまうというのは、男子としては往々にしてあることだが、好きな相手から言われる女子の立場からしてみれば、それは心をえぐられるほどの一言だった。




「そんな……ひどい」



「うるせぇな!お前も、一度は振られた相手に軽々しく話しかけてくんなよ!!こえーんだよ、ストーカーかっつの」




 ドンッと片手で霊園の肩を突き飛ばすと、そそくさと教室を出て行く相羽。それを追うようにして、からかったことを彼に謝りながら取り巻きたちも去って行った。


 一人、教室に残され、好きだった相手に突き飛ばされたまま、床に座り込んで動かなくなる霊園は、涙を流しながら呟く。




「神様なんて、不公平だわ……どうして、可愛い子ばかり、幸せになるのよ。私みたいのなんて、一生……ううっ」




 それは、相羽への怒りというよりは、月森のような“持って生まれた人間”たちへの嫉妬心の方が強かった。ドンッと、怒りを込めて床を叩くと、不意に誰かに話しかけられ、彼女の心臓が一瞬だけ止まる。




「……その気持ち、分かるぜ」



「……っ!?」




 声のした方に顔を上げると、そこにいたのはクラスの中でも影の薄い、いわゆるモブキャラと呼ばれる部類の男子・“猪狩いかりダイチ”だった。


 同じカーストにいるような人物だったこともあって、影が薄かろうとも、自然とすぐに顔と名前は一致した。




「“天は二物を与えず”と言うが……あんな言葉、嘘っぱちだ。顔が良けりゃ、金は楽に稼げるし、友達や彼女だってすぐに出来る。俺たち、“持たざる者”が努力して努力して、ようやく手に入るものを、あっさりと連中は手に入れていくんだよな」



「な……何なの、何が言いたいの?」



「悔しくないのか?このまま、負けっぱなしでよ」



「く、悔しいけど!私が、あの子に勝てることなんて一つも……」




 すると、今度は彼の後ろから猫の仮面を被って『冒険者養成校ゲーティア』の制服を身に纏った女子生徒と思われる人物が、つかつかと歩み寄ってきた。




「ある。この時代には……アンタたちのような“持たざる者”でも、“持つ者”へ対抗できる手段が存在してるじゃないか」



「だ、誰!?」



「私の名前は、『レヴィアタン』。“レヴィ”で、いいよ」



「な、何それ……ハンドルネーム?」




 当然の如く不審がる霊園に、猪狩が補足説明を始めた。




「彼女は、俺たちのような“持たざる者”の味方だ。信じていい」



「名前も顔も明かさないような人、信用なんて出来ないわ。それに、対抗できる手段って何?そんなの、あるわけないじゃない!私なんて、ユニークスキルでさえ、地味なものだっていうのに……」




『レヴィアタン』は、近くの机の上に、どかっと腰を下ろすと指をパチンと鳴らす。

 すると、教室の扉に自動でロックが掛けられた。

誰も入って来れないようにする為なのだろうが、これは何かのトリックなのか、それとも……。




「対抗できる手段というのは……ズバリ、秘宝アーティファクトだよ。高位のものともなれば、一つのユニークスキルを軽く凌駕してしまうほどの効果を持つものだってある」



秘宝アーティファクト……でも、そんなのダンジョンに潜らなきゃ、手に入らないじゃない。結局、戦う力が無ければ、どうすることも出来ない」



「わざわざ、新しいものを取りに行く必要なんてない。誰かが取ってきたものを、しちゃえばいいんだよ」



「それって……盗むってこと?犯罪じゃない!」




 たまたま、机の上に置いてあったペンを取って、器用にクルクルと手で回しながら、レヴィは続けた。




「けど……あなたのユニークスキル【潜入】を使えば、簡単に実行できる」



「な、なぜ……私の、ユニークスキルを」



っていうのは、人間を成長させてくれる大きな感情スパイスなの。けど、“持つ者”にはが無い。だって、いつでもなのだから」



「何の話……?」




 そして、彼女レヴィは行使する。自身のユニーク……大罪スキル【嫉妬】の能力の一端を。




「月森ヒカル……妬ましいでしょ。そいつが“愛しの彼”を振ったせいで、貴女が八つ当たりを受ける羽目になってしまった。理不尽だと、思わない?」




 まるで、トンボの目でも回すかのように、指をクルクルとしながら、次第に彼女レヴィの言葉が、霊園の脳内を支配していく。

 いや、正確には、彼女の中に眠る“嫉妬心”を増幅させていったのだ。





「妬ましい……許せない。何で、私ばっかり、こんな目に……アイツも同じ目に遭わせてやりたい。私のような、惨めな思いを味合わせてやりたい!」



「……そうこなくっちゃ。よく言えました」

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