第 12 章 フェアリーワルツ

恋敵

「月森さん……俺と、付き合って下さい!!」



 放課後。ロークラスAまで、グループで乗り込んできた他クラスの男子の一人が、告白と共に月森ヒカルの前に手を差し出す。



「えっと、ごめんなさい!あなたのこと、よく知らないし……他に、好きな人がいるので」



 ペコッと頭を下げて、丁重に月森がお断りすると、取り巻きの男子たちが「あぁ〜!!」と叫びながら、崩れ落ちる。

 そして、名誉の戦死を遂げた友に肩を貸しながら、ローAの教室を出て行った。



「よくやった!何の面識もないのに、月森攻略を挑むだなんて……お前こそ、真の勇者だよ」



 そんな男子たちを見送りながら、月森は深い溜め息を吐いた。



「はぁ……なんか、私が悪いことした気分だ」



「モテる女も、大変だよね〜。お疲れ様」



「ちょ、やめてよ〜!ナオだって……先週、告白されてたよね!?見てたんだから」




 一部始終を見届けて、近付いてきた“神坂ナオ”の皮肉に、頬を膨らませながら反論する月森。




「私は、ほら!秒で、断れちゃうから。でも、ヒカルは優しいから、大変そうだなぁと思って」



「だって……可哀想でしょ。ナオのメンタルを、見習いたいよ。何か、コツとかあるの?」



「簡単だ。そんな安い同情など、捨てるのじゃ」



「うっ!で、でもぉ……」



「そもそも、告白するのに取り巻きなんか連れてくるなっての。どうせ、罰ゲームかなんかで面白がってるだけなんだから、スパッと断ってやれば良いんだって」



 机の横に掛けられていた月森のカバンをひょいっと取って、持ち主である彼女に渡しながら、男らしく女子の神坂は言った。



「うん……次があったら、頑張ってみます」



 モテない人種が聞けば、贅沢な悩みなのかもしれないが、興味のない相手から告白されまくるというのも当人からすれば、非常に迷惑な話なわけで。

 その立場に立たなければ、人の悩みなど分からないということだ。




「それで……他にいるとは、誰のことかな?」



「えっ!?そ、それは。断る時の常套句じょうとうくみたいなもので、深い意味とかは……あはは」



「またまた。今更、隠さなくたって分かるから……植村くん、でしょ?」




 いざ帰ろうと先に歩いていた神坂に図星を突かれ、月森は思わず耳まで真っ赤になって立ち止まってしまう。




「な、ナオも……好きなの?植村くんのこと」




 ちょうど、教室には彼女たちしかおらず、月森は勇気を出して、気になっていても聞けなかったことを尋ねると、驚くほどアッサリと答えが返ってきた。




「うん。好き……かな」



「……!」



「体育祭の時くらいからだと思う、気になりだしたのは。だから、ヒカルの年季と比べたら新参者にはなるか」



「わ、私は別に……す」




 何かを言おうとした月森の唇に、ピッと人差し指を当てて言葉を遮ると、神坂が釘を刺す。




「私に気を遣って、引き下がろうとか思ってるなら……絶対、やめてよ?」



「……!」



「そんなんで、譲られた気になられても困るんだよね。正々堂々、やり合おうよ……恋のライバル同士、さ」




 あまりに、清々しい親友の宣言に、月森は思わず「ぷっ」と吹き出してしまう。




「やり合うって……決闘するわけじゃないよね?」



「そんな、決闘ガチじゃないわ!恋愛バトルでしょ、恋愛バトル!!」



「どっちが、植村くんを振り向かせられるか……って、こと?」



「まぁ、そんなとこ。だって、考えてみてよ……植村くんの方から、私たちにアプローチしてくると思う?」




 神坂の質問、腕を組み高速で脳内シミュレーションを行った月森は、その回答を即座に出した。




「……してこなそう。例え、私たちのどっちかに気が合ったとしても」



「でしょ?植村くんって、何でも出来そうなユニーク持ちのくせして、恋愛に関しては全てにおいて、なんだよね」



「わかる〜!そのくせ、自然と人をドキドキさせるようなことを言ったり、やったりしてくるんだよ!!時々」



「そうなの、天然の人たらし。だから、余計にタチが悪い」




 互いに同じ好きな者の愚痴で共感し合う二人は、ふと今の状況が面白くなり、じわじわと笑いが込み上げてきて。




「ふふっ、あははははっ!もしかして……お互い、厄介な人を好きになっちゃった?」



「ホントだよ。しかも、敵は私たちだけじゃないっぽいのが、また……」



「あぁ〜、確かに!ハイクラスの七海さんとも、仲良さそうにしてた。そういえば」



「え、嘘!?あと、うちのクラスだと……サクラちゃんに、マコトくんも怪しくない?」




 二人は一瞬、無言になると互いに肩をポンと叩いて励まし合った。




「ライバルは多そうだけど、お互いに頑張ろう。たまに、共同戦線を張ったりもアリ?」



「アリ、アリ。採用!ああいうタイプって、押しに弱そうだから、積極的に行ってみない?」



「えぇ……出来るかなぁ、私。恥ずかしいよ〜」




 和気藹々わきあいあいと出て行く、カーストでは最上位にいるような二人の女子を廊下の影から、前髪が目の上まで掛かった白肌の少女が、うらやましげに、帰宅する様子を伺っていた。


 彼女は、ロークラスBの“霊園れいえんサダコ”。後に、彼女が大きな事件トラブルを巻き起こすことになろうとは、この時の誰も知る由が無かった……。










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