決心

 灰猫亭での祝勝会で盛り上がった次の日の早朝、上泉マコトはルームメイトを起こさぬよう、とある目的の為、静かに部屋を出た。

 寮の入口まで来ると、そこで意外な人物と遭遇する。




「や……柳生くん?」



「……ちっ。よりにもよって一番、見つかりたくない奴に見つかっちまったぜ」




 彼は大きなキャリーケースを持ち、平日だというのに制服ではなく私服であった。




「ど、どこかに出掛けるの?」



「テメー、わざと聞いてんのか?お前のせいで、退学することになったんだろうが。とっとと、実家いえに帰るんだよ!」



「えっ!も、もう?昨日の今日だよ!?まだ、時間はあるんじゃ……」



「ワガママ言って、即退学にしてもらったんだよ。お前に負けたっつー後ろ指をさされながら学園生活なんて、恥ずかしくて送れるわけねぇだろ」




 大きく溜め息を吐きながら、そそくさと出て行こうとする彼を、上泉は思わず呼び止めてしまう。




「じ、実は柳生くんの退学を取り消してもらおうと直談判するつもりだったんだ!こんなことで、退学するなんて……やっぱり、よくないよ!!魔剣のことだって、お父さんに命令されてたんだよね!?」



「うるせぇ……余計なこと、すんなよ。同情なんて、いらねーんだよ!これ以上、俺にみじめな思いをさせんな!!」



「柳生……くん」




 寮の外に数歩、踏み出して……彼は、ふと足を止めた。




「俺も、親父と同じだ」



「えっ」



「自分より才能のある上泉おまえに、嫉妬を感じていた。薄々、気付いてたのさ……まともに戦ったら、勝てる相手じゃねーってな」



「……!」



「だから、精神的に追い詰めて……そうすることでしか、上に立つことが出来ないと思ってたんだ。魔剣を渡してきたのは親父だが、受け取ったのは俺の弱さが招いた結果。これは、正当な罰だ」




 シュンと落ち込む様子を見せて黙り込んだ上泉に、柳生は続けて強がりを見せた。




「勘違いすんな。お前とは、いずれ再戦して勝つつもりだ。冒険者も辞めるつもりは無い!せいぜい、ぬるま湯の学生生活を楽しんでおけ。その間に、俺は今の何倍も強くなってやるからな!!」




 そう言って、去っていく彼の背中は、不思議と小さく寂しく見えて……上泉は、様々な思いを込めて、無言で深い礼をすると、かつての怨敵おんてきを静かに見送った。





 数時間後、ロークラスAの教室では朝のホームルームが始まろうとしていたが、そこにマコトの姿は見えなかった。

 必死に連絡を取ろうとしてる俺に、悪友が気をかけて尋ねてくる。




「まだ、連絡がつかんのか?」



「うん。さっきから、通話をかけてるんだけど……全然、出ないや」



「朝、起きたら、もう姿が無かったんだろ?何か、思い当たる節は?」



「いいや、全く。一人で朝練だとしても、もう教室に着いてるはずの時間だし……昨日の大会のことで、何か思うことでもあったのかなぁ」




 優しいマコトのことだ。柳生くんを退学に追い込んでしまったことに、罪の意識を感じてたりしていないだろうか?

 昨夜の祝勝会では、あんなに楽しくしてたのに……一体、どこにいるんだよ。心配させやがって。


 そんなことを考えていると、担任のひじり先生が教室に入って来てしまう。

 結局、ホームルームには間に合わなかったか。

 仕方ない。とりあえず、先生には適当な嘘でもついて、ごまかしておいてあげよう。




「おはようございます、皆さん。昨日の大会の興奮冷めやらぬ中だとは思いますが……とある生徒が、伝えたいことがあるとのことなので、少し聞いてあげてくれるかな」




 とある生徒……って、まさか。



 その、まさかは的中した。



 扉を開けて、教室内に入ってきた生徒の姿に、クラスメイトたちはザワつき始める。


 そう、入って来たのは“上泉マコト”。


 ただ、その制服は男子のものではなく、を着た姿だった。




「え〜っと。皆さん、驚かせちゃってごめんなさい。この通り、実は……僕、本当は男じゃないんです。ずっと、ダマしててゴメンなさい!」



「「「え……えええええええっ!!!」」」




 ペコリと頭を下げるマコトに、まるでクラス全員がドッキリに掛けられたかの如く、みんなが騒ぎ始めた。




「そう。心が女の子、とかじゃなく……身も心も、女の子だったの。親御さんの教育方針で、男の子として育てられていたんだけど、勇気を持ってカミングアウトすることを決めたそうよ」




 マコト……わざわざ、朝早くに出掛けたのは、この準備の為だったのか。しかし、驚いた。

 まさか、このタイミングでカミングアウトするとは。




「今までは、男じゃないと剣術の師範にはなれないと思っていましたが……性別なんて、関係ない。ありのままの自分で、夢を掴んでみたくなりました。すぐには、みんなも受け入れられないと思うけど、どうか温かい目で見守って下さいっ!」




 すると、周りの生徒からチラホラと声が聞こえだす。




「良かった……密かに可愛いと思ってた俺の感覚は、間違って無かったんだ!」



「男装の麗人……うっ!私の性癖に刺さりまくるんですけど!?逆に、ありがとう!!」



「いい……守ってあげたい……いっぱい、メシを食わせてあげたい」




 どうやら、すぐに受け入れられそうだ。

 良かったな、マコト。


 いや、良かった……のか?



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