ユウトとマコト

「な、何だ……この、異様な殺気は」




 rank100の【威圧】を浴びて、次々と持っていた武器を落としていく柳生の門下生たち。

 彼らの視点からは、まるで植村の後ろに巨大な死神が鎌を携えている姿が見えるほど、強烈な殺気に晒されて、ある者は震えが止まらなくなり、ある者は膝から崩れ落ちた。




「あんたたちの師匠は、もう捕まってるそうだ。何を指示されたかは知らないが、従う必要はなくなったはずだ。大人しく、引き返してくれ」



「ふ、ふざけるなよ……誰が、貴様の言うことなど!」



「……どうしても、やる気というなら仕方ない。その代わりに来ると言うのなら、俺もからな?」




 普段は滅多に使うことのない強い言葉を敢えて使い、冷たい睨みを利かせると、一人の門下生が脱兎の如く、その場から逃げ出した。




「ひぃっ!そいつは、ヤバい……俺は、やらないぞ!!」



「ま、待て!俺も、嫌だ……ッ!!」




 彼らを皮切りに次々と逃げていく仲間を見て、一人だけ強がっていた兄弟子のような存在も、焦りを感じ始めて……。




「く、くそっ!覚えてろ!!」




 彼らも、それなりに研鑽を積んだ剣士たちだ。

 ただ、数々の戦場を経験したことで、“植村ユウト”の放つ【威圧】もまた、その威力を増していた。


 一人になってしまった兄弟子も、捨て台詞を残して逃げ去っていくと、植村は安堵の息を漏らした。




「ゆ……ユウト?」




 急に名前を呼ばれて振り向くと、そこにいたマコトが恐る恐る近付いてきた。




「なんだ、マコトか……どうした?」



「良かった〜!いつもの、ユウトだ。さっき、凄い殺気を放ってたから……ユウトも、魔剣に取り込まれちゃったのかと思ったよぉ」



「魔剣なんか、持っとらんわい。ちょっと、【威圧】を使って、あいつらを追っ払ってただけ」




 とはいえ、マコトにも【威圧】が及んでいたはずだが、さほど影響が出てないところを見ると、やはり彼女の強さは門下生たちとは一線を画しているのだと分かる。




「凄いや……戦わずに、追い返しちゃうなんて。僕は、周りの人に助けてもらってばっかりだね。はは……」



「ん、どうしたんだ?急に」



「ユウトに、師匠に、エペたんに……僕がピンチの時は、いつも周りが助けてくれる。情けないよね、ほんと……」



「なーに、言ってんだよ。それは、マコトが助けたいと思わせる人柄の持ち主だからだろ?それも、立派な才能だと思うけどな。俺は」




 心なしか、彼女の頰が赤くなったように見えて、俺も変に意識してしまいそうになると、会場内にアナウンスが響いた。




『第五試合の審議の結果が出ましたので、お知らせします。結果は、規約違反の真剣を持ち込んだ「柳生ムネタカ」選手の失格負け。勝者は、「上泉マコト」選手と決まりました。勝者に投票された生徒は、今から払い戻しが可能となりますので、お忘れないようにお願いします』



「……だってさ!退学しなくて、済んだな。マコト」




 俺の言葉に、彼女は胸を撫で下ろして、心から安心した様子を見せた。


 勝負内容としては完璧にマコトが勝っていただけに、向こうの過失で勝ったみたいにされたのは、あまり納得はいかないが、彼女の強さは会場にいた人たちには十分に伝わったはずだ。




「大会、終わっちゃってるんだよね……みんな、帰った?」



「いいや、『灰猫亭』で待ってくれてる。今から、マコトの祝勝会だってさ!それを、伝えに来たんだよ」



「祝勝会!?僕の?」



「他に誰がいるんだよ。ちなみに……会費は全部、俺持ちだ。感謝しろよな」



「えっ!悪いよ、そんな!!」



「いいんだよ。マコトに全財産をベットして、儲けた学園通貨ハスタだ。それぐらいさせてもらわないと、逆に申し訳ないだろ」




 突然、無言になるマコトに、てっきり怒られるのかと身構えていると、なぜか急に彼女が涙目になっているのに気付く。




「え、えっ!?どうした、どうした?」



「だって……僕みたいな大穴に、賭けてる人なんて……一人もいないと思ってたから……嬉しくて……ぐすっ」



「ふはっ。あのなぁ……ずっと、一緒に特訓してきたのに、マコトに賭けないわけないだろ?変なとこで、泣くなよな〜」



「だって〜……嬉しかったんだもん!仕方ないでしょ!!」




 泣きながら怒ってくるマコトを、微笑ましく思いながら、俺はポケットからハンカチを取り出して彼女に差し出した。




「そういうところを見ると、マコトは女の子なんだな〜って、実感するわ」




 マコトは俺のハンカチで涙を拭き取ると、しばし沈黙してから、尋ねてきた。




「ユウトはさ……僕に、女の子らしくしてて欲しい?」



「は?いや、俺に聞くなよ……マコトの好きにすれば、いいだろ。どっちだろうが、マコトはマコトだし」



「そういうんじゃなくて!ユウトの意見を、聞きたいの!!」



「えぇ……えっと。俺は、そうだな。今まで、ずっと男の子として育てられてきたのなら、女の子としての生活も経験しておくのも悪くはないと思うぞ。やっぱり、どっちも知っておかないと、どっちが自分に合った生き方か選べないからな」



「んんん……期待してるような答えじゃないけど。まぁ、いっか!ユウトは女の子が良い、と」




 そこだけ切り取られると、何かイヤなんですけど。結局、何の質問だったんだ?これ。



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