試合のあと
客席に手を振りながら戻ってきた天馬が、控え室へと続く通路に入ると、友人である“鳴海ソーマ”が壁に背を預けて、彼の帰りを待っていた。
「お疲れさま。カケル」
「ああ、本当に疲れたよ。予定では、もっと
「学園長クラスの相手を、“強かった”で済ませてしまうキミの強さの方が異常だけどね。これで、名実共に“
鳴海から受け取ったタオルで、軽く顔まわりの汗を拭き取りながら、天馬は答えた。
「現時点では、そうなるのかもしれないが……今度は、来年。次は、俺が下剋上を受ける側になるわけだからな。気を引き締めないと」
「ははっ。学園最強のキミに挑戦状を叩きつけてくるような物好きな下級生は、いないと思うけど?」
「出してこないなら、出させるまでだ。そいつを倒さないと、真のトップに立ったとは胸を張って言えないからな」
そう話す彼の表情は、ワクワクが止まらないといった少年のような印象を受けた。
「それは……カケルが、戦いたい下級生がいるということかな。“七海アスカ”……かい?」
「……いいや、違う」
「だとすると……“植村ユウト”か」
鳴海の答えに黙って天馬はニッと笑うと、それをもって回答とした。
「ちょっと前までは、アスカとつるんでる奴に、お灸でも据えてやろうという気持ちだったが……先日のレギオンレイドで彼の戦いぶりを目の当たりにして、今は純粋にぶつかってみたくなっている。全力を出した“植村ユウト”と、本気の一騎打ちを」
「“植村ユウト”と“天馬カケル”……か。今から、来年の下剋上マッチが楽しみなカードだね。学園に語り継がれる歴史に残る試合に、なりそうだ」
「……とは、いうものの。今回の学園長との一戦で、こちらの手札は全て見せてしまったからな。来年の今頃までに、俺も進化しておかなければ」
これ以上、まだ強くなるつもりなのか……と、鳴海は呆れながらも、頼もしきギルドの同僚に心の底からの尊敬の念を抱いた。
一方、コロシアム内にある医務室へと足を踏み入れたのは、事情聴取が終わってから、対戦相手の容態を確認しに訪れた“上泉マコト”であった。
「柳生くん……その、大丈夫?」
迅速な学園の救護班による活躍で、すっかり彼の傷は完治していたようで、“柳生ムネタカ”は退屈な様子でベッドの上に座っていた。
「何だよ……わざわざ、ザマァとでも言いに来たのか?」
「違うよ!容態が気になって、見に来ただけ……元気そうで、良かったよ。もう、帰るから」
気まずそうに帰ろうとする上泉を、柳生が不意に呼び止める。
「待てよ」
「は、はい!な……なに?」
「あの魔剣は、俺が好きで持ち込んだわけじゃねえ。親父の指示に逆らえなかった。あんなのを使わなくても、お前になんか負けるわけないと思って今たしな」
「そ、そうだったんだ……」
「けど、実際は……魔剣を使っても、勝てなかった。ムカつくぜ」
申し訳なさそうに、顔をうつむける上泉の姿をチラリと見て、何とも言えない感情が柳生の胸に宿り、彼は自身の頭をワシャワシャと両手で掻いた。
「親父は剣聖の息子であるお前に人一倍、執着してる。もうすぐ、一門の連中が見舞いに来るらしいんだが、気をつけろ。その
「えっ!?わ、わかった……忠告、ありがとう!」
ペコリと頭を下げてから、病室を出て行った上泉を見送ると、彼は誰に対してなのか「チッ」と舌打ちすると、自然と悔し涙が溢れてきた。
最後に送った忠告は、反則行為を行なってしまった剣士として、彼なりのケジメだったのかもしれない。
病室を出ると、遠くに植村の後ろ姿を発見するが、彼と対峙していたのは、上泉もチラホラと見覚えのある新陰流道場の門下生たちであった。
きっと、あれが“柳生ムネタカ”の言っていた連中だろう。
すぐにルームメイトのもとへ助太刀に駆け寄ろうとする上泉は、段々と彼らの会話が耳に入ってくる。
「おい。そこを、どけ」
「なら、その物騒な武器を納めて下さい。それじゃ、見舞いじゃなくて、カチコミに行くように見えますよ?」
植村の言う通り、門下生たちは木刀とはいえ、武器を手に持った臨戦体勢で鼻息荒く行進していた。
すぐに危機を察知して、上泉に会いに来た彼が立ち塞がったというわけである。
「黙れ。邪魔するっていうなら、お前から痛い目を見てもらうことになるぞ?」
お前からってことは、やっぱりマコトを狙って来たんだな。いくら、正当防衛になるとはいえ、こんな場所で、しかも学園外の人間と剣を交えたら、俺もどんなペナルティを受けるか分からない。
なるべく、穏便に済ませるとするか……。
【虚飾】が、【威圧】rank100に代わりました
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