下剋上・1

「あっ、帰ってきた!おかえり」



「ただいま」




 少し席を外していた俺は、神坂さんに手招きされ、彼女の隣に腰を下ろすと、一息ついた。




「どうだった?上泉くんの様子」



「まだ、事情聴取が長引いてるみたい。しばらくは、戻って来れそうにないって」




 気になってマコトに連絡してみたところ、色々と関係者に話を聞いて、先生たちが慎重に協議を重ねているらしい。あれだけ、公衆の面前で大きな騒動を起こしたのだ。ナーバスになるのも、無理はない。




「そっか。でも、上泉くんが退学になるなんてことは、もう無いよね?」



「そう思うよ。マコトも真剣は使ったけど、あれは誰の目から見ても正当防衛だし……少なくとも、敗北っていう結果は出ないんじゃないかな」



「そうだよね!良かったぁ……それだけが、心配だったから」




 神坂さんも、一度は退学を考えた身だ。俺たちよりも、思うところが強かったのかもしれない。

 すると、後ろからニヤニヤしながら、コースケが茶々を入れてきた。




「敗北は無い……つーことは、獲れたんじゃね?ユウトの大穴ベット」



「え……あー!そうだよ!!」




 思わず立ち上がり、遅れた歓喜の声をあげる植村に、クラスメイトたちの視線が集まると、彼は恥ずかしそうに再び席に着いた。




「ふふっ。これは、植村くん持ちで祝勝会開催が決定かな?」



「おっ、いいね!全額、賭けてますんで!!それぐらいは、全然」




 俺が浮かれながら、神坂さんと談笑していると、いつの間にか進行していた大会は、ついにメインイベントを迎えていた。




「これより、本日のメインイベント!天馬カケル選手と、我らが『冒険者養成校ゲーティア』学園長・白鷺マイア選手による“下剋上マッチ”を行います!!」



「「「ワアアアアアアアアッ!!!」」」




 今までの試合で温まっていたこともあるだろうが、今日一番の大歓声が客席から巻き起こる。

 一般参加のお客さんも、ほとんどがこの試合が目当てで、遥々はるばるこんな人工島まで足を運んだのだろう。


 そして、一際大きい黄色い歓声のなか、二年生の“天馬カケル”先輩が先に入場してくる。

 リング外に並べられた武器の中から、手に馴染む木刀を選ぶ姿もサマになっていた。



 一方、学園長・“白鷺マイア”先生が入場すると、いかつい一般男性客の声援が大きくなる。どうやら、一部の熱狂的なマニアがいるらしい。普通に美人だし、何ら驚くことではないが、やはり気になるのは戦闘方法だ。

 すると、彼女も天馬先輩と全く同じ長さの木刀を手に取り、リングへと上がって行く。

 着ている服も普段のスーツ姿ではなく、戦闘用と思われる赤と黒のバトルドレスだ。



 共に、『決闘アプリ』を起動させ、恒例の宣誓を互いに行う。いよいよ、勝負が始まろうとすると、さっきまでの喧騒が嘘のように、ピタリと会場が静けさに包まれて、全員が二人の一挙手一投足を見逃すまいと集中していた。


 そして、試合が始まると同時に仕掛けていったのは、天馬先輩の方だった。




 ガッ!ガッ!!ガッ!!!




 単純に斬りかかり、そこから激しい剣戟を繰り広げていく。まるで、相手の力量を伺うかのように。





「さすが、学園長だ。剣術も、かなりの腕とお見受けしました!」



「今更、持ち上げても遅い。よもや、私に挑戦状を叩きつけてくるとはな……天馬カケル!」



「不快に思われたのなら、謝ります!しかし、俺相手に善戦すれば、生徒たちからの評価も跳ね上がりますよ?学園長!!」



「善戦すれば、か……どこまでも、不遜な奴め。少し、お灸を据えてやる必要がありそうだな!」




 激しいチャンバラが一段落すると、両者がバッと距離を取る。それを見て、観客席から自然と拍手が巻き起こった。

 ただ剣を交えるだけでも、芸術的な立ち回りだったということだ。




「七曜術が、ひとつ……火星バフラーム!」




 バババッと片手で学園長が素早く印を結ぶと、三つの火の玉が螺旋を描きながら、天馬に向かって放出された。




「剣の次は、術勝負ですか……良いでしょう!豊穣と再生の父よ、無限なる“ダグザの大釜”を我にもたらせ!!」




 天馬カケルの得意とするのは、“光”を操る信仰術。


 彼が広げた掌の前に光の輪が生み出されると、飛来した全ての火の玉を輪の中に飲み込み、そのまま収縮して消え去って行く。

 それは、敵の術式を吸収して無効化させる防衛術であった。




「術も使えたとは。さすがは、万能の勇者といったところか……では!これならば、どうかね!?七曜術が、ひとつ・土星カイヴァーン!!」




 今度は、さっきと違う印を結び、次に学園長が発動させた術式は、天馬の足元から地面が盛り上がり、まるで土が生きているかのように大口を開けて、彼の全身を飲み込むように降りかかっていく。




「気高き王の産声よ、我を光の化身と化せ……“リア・ファル”!」




 それは、自身の身体を一瞬だけ光と変え、あらゆる物質を透過することが出来るようにする補助術。

 土砂に埋められたてしまったかと、女子たちから悲鳴があがる中、何事もなかったように天馬は土の塊を透過しながらジャンプをして、その瓦礫の頂上へと五体満足のまま、着地をした。

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