柳生ムネタカ・3

「七星剣術・四つ星……文曲メグレズ!」




 ボッと上泉の右眼に蒼い炎が灯ると、彼女は振り下ろされた敵の一太刀に、自分の太刀を絡めて、柳生の武器を宙に弾き飛ばしてみせた。


 それは、父のコピー体に使われた“巻き技”の模倣。一度、受けた技を完璧にトレースできたのは、彼女の剣才があったからこそ、なせる芸当であった。




「くっ!」




 丸腰になってしまった柳生は、慌てて後退しつつ安全な距離を確保しようとするが、その好機を上泉も見逃さない。




「七星剣術・三つ星……禄存フェクダ!」




 居合の体勢を取りながら脚力を増加させて、一気に距離を詰めていく上泉。

 植村のことを思って戦うことで、不思議と手足は自由に動かすことが出来た。


 やはり、彼女はを持ち合わせているのかもしれない。




「馬鹿が!かかったな!!」



「!?」




 しかし、柳生は焦ることなく、腰から隠し持っていた木の小太刀を出現させた。一刀での剣術勝負とはうたってない以上、用意された武器を隠し持つことはルールを脱してはいない。


 ただ、腰に納刀していたのならば、上泉も多少なりとも警戒はしたはず。それが、こうして構えられるまで

 それは、何故か?


 それこそが、“柳生ムネタカ”のユニークスキル【隠匿いんとく】の効果。自身の身体に触れた物を完全に透明化させ、隠し持つことが出来る能力だったからである。


 いわば、“光学迷彩ステルス”のピンポイント版のようなものだが、指定した物体だけを透明にすることは、まだ現代技術においても不可能な領域だった。




「柳生シン陰流……月影!!」




 勢いのついた突進に慌ててブレーキをかけて、何とか柳生の不意打ちを避けることに成功した上泉だったが、『月影』は斬撃を片手で放った直後に、当て身を喰らわすまでがセットの混成技だった。




「もらったァ!!」



巨門メラク!!」




 咄嗟に機転を利かせた上泉は、“巨門メラク”を思いきり足元の地面に突き刺すと、その衝撃を利用してロケットのごとく彼の頭上を飛び越えるように跳躍し、柳生の当て身を回避してみせた。


 更に彼の後方へと回り込んで着地をすると、すぐに柳生も振り返り、互いに木刀を構えて絶妙な間合いで睨み合い、わずかな静寂がその場を支配する。



 二人が繰り出そうと考えた技は、奇しくも同じ技……“合撃がっし”であった。


 新陰流において最も基礎的な技であり、真髄でもある返しの太刀。かつては共に学んでいた流派の技が、自然と出てしまうというのは、どちらも生粋の剣士であることの証でもあった。


合撃がっし”に必要なものは速度スピードにあらず、拍子タイミング技術テクニック、そしてハートだ。

 同じ技を交差させる時、その三つが上回った者が斬り勝ることが出来るのである。




(俺が、こんな奴に負けるわけねぇ……集中しろ。冷静に動きを見極めれば、確実に俺が勝つ!)




 ズドッ




「なっ……ん……だと?」




“集中しろ”と思考している時点で、それはもう集中できている状態ではない。

 対する上泉は、ただ柳生の“攻撃の意思”にのみ集中していたことで、“先々の先”を使った突きを相手の鳩尾みぞおちに先制することが出来たのだ。


“攻撃する”というスイッチが入った拍子に、的確に急所へ打ち込む技術、そして実行に移す心。


 全ての要素が合わさった完璧な一撃。


 それは、植村ともに捧げる、『後悔しないための一突き』であった。




 どさっ




 苦悶の表情を浮かべながら、膝から崩れ落ちる柳生に審判が駆け寄ると、観客席がどよめく。

 誰しもが、大穴の番狂せかと思った、その時……!




「マダダ……マダ、俺ハ負ケテナイ」




 おどろおどろしいドス黒いオーラを纏いながら、柳生が木刀を捨て、代わりに背中から取り出したのは赤黒い直剣だった。

 彼は、まだ背中に武器を【隠匿】していたのだ。


 そんな彼に、審判の朝倉が注意を促す。




「おい、柳生!真剣の使用は禁止だ。今すぐ、放棄しなければ、失格とするぞ!?」



「俺ノ邪魔ヲ、スルナ……!」




 ドンッ!!




 近寄ってきた朝倉教諭を空いた手で放った衝撃波を見舞って場外まで吹き飛ばすと、彼はすぐに『ダインスレイヴ』を地面に突き刺した。




 ゴゴゴゴゴゴゴッ!!




 すると、リングを包むように、真っ赤な血の色をしたドーム状の結界が展開される。

 腕自慢の教師たちが、柳生を止める為に飛び込んだが、その結界は外側からではびくともしない強固な檻となっていた。




「コレデ、邪魔者ハ居ナクナッタ。第二ラウンドト行コウジャナイカ。上泉マコト!」



「柳生くん……キミは、その魔剣に呑まれたの!?」




 半ばパニックになる観客席。柳生が出現させた真紅のドームによって、直接的に試合を観戦することは出来なくなったが、幸いこのコロシアムには自動で配置されたドローンによって撮影されたライブカメラの映像がスクリーンに映し出される仕組みとなっていた。


 運良く結界内に残されたドローンからの映像によって、中の二人の様子が映し出されると、暴走した柳生の魔剣によって、自身の木刀は叩き斬られ、上泉が追い詰められている様子が配信されていた。

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