柳生ムネタカ・2
「柳生シン陰流……
ガッ!ガッ!ガッ!!
近距離まで迫ってきた柳生による連撃を、全て木刀で受け止めながらも、一方的に攻められていく上泉。
潜在的な恐怖により、攻撃こそ出来なかったものの、元来の眼の良さと、倒されたくはないという防衛本能によって守備力だけは本来の性能を取り戻していたのだ。
しかし、逆にそれが観客たちのフラストレーションを溜めていく。
「逃げてばかりじゃ、始まんねーぞ!手ぇ出せ、手を!!」
「そんな臆病者、さっさと倒しちまえ!柳生!!」
柳生の本気の攻めを、一切のダメージも受けずに捌いているのは相当な高等技術ではあったのだが、観客が求めているのは、いかに相手を早く倒せるかの激しい斬り合いだった。
素人の目からすれば、上泉が恐れて逃げ回ってるように映ってしまうのは仕方ないことなのだ。
実際に、上泉の心は徐々に恐怖によって侵食されつつあるのも、また事実であった。
「ひどい。上泉くんだって、あんなに頑張ってるのに……!」
会場の野次が聞こえて、月森さんが悲しそうに呟いた。格闘技好き界隈では珍しくない
実際に、“お前がやってみろ”とは俺も思っている。
すると、後ろに座る朝日奈さんとレイジが話し始めたのが聞こえた。
「今の野次馬……
「さすがに、それはまずい。映像だけ撮って、“害悪な野次馬がいた”として、ネットで拡散してやる方が現実的だ」
めちゃくちゃ、物騒な話をしていました。
「気持ちは分かるけど、どっちもダメ!大人しく、応援しときなさい!!」
「むぅ、それは冗談としても……大丈夫なのか?このままじゃ、負けるぞ。イジメられてたそうだが、あそこまで恐れてしまうものなんだな」
具体的に、どんなことをされてきたのかは聞いたことは無かったが、男にしてくるようなイジメを影でネチネチと、本当は女の子であるマコトが長らく受けてきたのだ。俺たちが想像するより、遥かに強い恐怖が刷り込まれてしまっているのかもしれない。
「ふざけんな、上泉!守ってばっかいねーで、かかってこい!!これじゃ、勝負にならねぇだろうがッ」
柳生の怒りも
いかなる実力差がある戦いだとしても、片方が防御だけに集中してしまえば、仕留めるのは至難の業となる。
彼からしてみれば、完全に戦意を喪失してもらうか、多少は攻めてきてくれるかしてくれた方が好都合ではあったのだが、今の上泉は中途半端に戦意が残っていた分、ある意味では厄介な状態となっていた。
しかし、上泉も好きで防戦一方なわけではない。
攻めにいける勇気が出ないから、守りに徹するしかないだけなのだから。
(強くなったつもりだったけど、
周囲に感化されて、段々と上泉に向けられる罵声も多くなっていくと、彼女の残されていた僅かな戦意さえも、段々と削り取られていく。
トラウマの相手に、アウェーの会場……弱い精神を持つ者にとっては、最悪の状況だった。
俺は、何も出来ないのか?
あんなに一緒に頑張ったのに、このまま何も良いところを見せれずに終わってしまうのか!?
「マコトッ!!!」
気付くと、俺は周りの人々から視線を集めてしまうほど、大きな声で彼女の名前を叫んでいた。
ここで、俺が出来ることは“応援すること”ぐらいしかない。黒岩さんとの決闘で俺が弱気になった時、アスカたちの応援があって、俺は戦意を取り戻せた。
今度は、俺が仲間を応援してあげる番だ。
「勝てなくてもいい!一発……一発だけでいいんだ。スカッとするような一撃を、俺に見せてくれ!!」
「ユウ……ト」
最前列だったからこそ、届いた友人の声。
しかし、それが聞こえていたのは相手にもだ。
「フハハッ!お前、お友達にも勝てないと諦められてるぞ?馬鹿な奴だよな、アイツも……お前の訓練に付き合うなんて、無駄な時間を過ごしやがって」
「……っ!?」
「来年はアイツに勝って、お前の後を追わせてやるよ。林間学校では油断したが、アイツも結局はユニーク頼みの
上泉の脳裏に、植村と過ごした特訓の日々が甦る。
自分には何の得にもならないのに、いつも遅くまで練習に付き合ってくれた、かけがえのないルームメイト。
「や……めろ」
「あ?なんだよ!?」
「僕の悪口なら、何を言っても構わない……ただ、ユウトの……僕の友達を侮辱するのは、許さない!」
そして、思い出される師匠の言葉。
後悔しない戦い……そして、ユウトが望む一撃。
せめて、それだけでも。
彼との時間を無駄にしない為に。
一撃で良い。集大成となる一撃を。
「許さないなら、どうする?お前に、俺が斬れるのか!?この、軟弱野郎め!!」
怒りに満ちた表情で木刀を構えた柳生は、再び彼女に向かって斬りかかって行く。
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