観客席

「皆様、大変長らくお待たせ致しました!これより、『冒険者養成校ゲーティア』主催による秋の一大イベント・武術大会を開催したいと思います!!」



 実況を務める放送部の生徒が、開会を高らかに宣言すると、ほぼ満員で埋め尽くされたコロシアム内の会場から大きな歓声と拍手が巻き起こった。

 ダンジョンカメラの普及もあってか、最近では大手ギルドに属する冒険者たちの中には、芸能人のような人気を持っている者も少なくない。

 恐らくは、ここに集まった一般客もそういったを生で観戦したいが為に集まったのだろう。



「お、いたいた。ホントに、最前列を取れてるじゃん」



 遅れて、上泉マコト応援団の面々のいる場所まで無事に合流できた俺。何とか、一回戦が始まる前に客席に座れそうだ。

 神坂さんに呼び込まれ、空いていた彼女の隣に腰を下ろす。




「上泉くんには、会えた?」



「いや。大丈夫そうだったから、特に声もかけずに戻ってきちゃった」




 ちょうど、師匠同士の言い争いの場に遭遇してしまったわけだが、あんなに頼もしい人だったとは。

 しっかりと、ウチの師匠が素晴らしい助言を授けていたし、あれ以上に何か口を挟んでも余計なプレッシャーを与えかねないからな。




「ホントに〜?でも、ずっと練習に付き合ってあげてたんだもんね……そんな植村くんが言うなら、間違いないか」



「お!俺って、信頼と実績がある感じ?」



「自分で、言うな。でも、体育祭では私の練習に付き合ってくれてたでしょ?おかげで、良い結果を残せたわけだから……そういう意味では、実績はあるか〜」




 そういえば、そうだった。そう考えると、お節介な人間だなぁ……俺って。今回も、神坂さんの時のように成功に終わってくれると良いんだけれど。

 と、そんなことを考えてたら、後ろの席に座っていたコースケが話しかけてきた。




「なぁ、ユウト!観戦時は飲食自由らしいぜ。今から、売店に行かないか?」



「え〜。でも、もう一回戦が始まるよ?見逃したくないんだよなぁ」



「うわ、お前……あれか?格闘技の試合とか、しっかりと前座から見ないと元が取れないとか思ってるタイプだな」



「人のこと、ケチみたいに言わないでくれます?普通に、他の生徒とかの実力が気になるだけなんで」




 そんな俺たちの会話を聞きつけたのか、何と売り子さんの方から、こちらへと駆けつけてくれた。

 てか、売り子までいるのかよ。本当に、スポーツ観戦みたいなイベントになってるんだな。




「ビール……は、さすがに無理だけど。コーラサーバーなら、ありますよん。一杯いかがかね?キミたち」



あねさん!?何、してんすか?」




 そこにいたのは、売り子の格好をしてサンドイッチやホットドッグなどが入った手売り箱を首にかけた“安東イブキ”先輩が、なぜか野球のユニフォームを着て背中にサーバーを背負っていた。

それが、売り子のコスチュームということか。




「灰猫亭のバイト。マユの作ったパンとかを売り歩いてんの、宣伝も兼ねてね」



「さっきまで、マコトのとこにいましたよね?もう、着替えてきたんですか」



「うん。稼げる時に、稼いでおかないとね……ってか、キミもいたんだったら声を掛けろっつの」




 二人で話していると、みんなが姐さんの周りに集まって、物色を始めた。

 ここでも、朝日奈さんが一番乗りで。




「美味しそう!このホットドッグくーださい。あと、コーラも!!」



「はーい!毎度ありー」




 彼女に続いて、みんなも次々と売上に貢献していく。会場の熱気も相まって、購買意欲が上がっているのだろう。どれどれ、俺も一つ……。




「ああ!しまった!!」



「ど、どうしたの?植村くん」




 急に大声をあげてしまい、そばにいた月森さんが目を丸くする。




学園通貨ハスタ、マコトに全額ベットしちゃったんだった……何も、買えないぃ」



「あははっ!しょうがないなぁ。ここは、私がおごってあげますよ」



「えっ、良いんですか!?月森さん?」




 代わりに支払いを済ませてくれた月森さんが、俺にホットドッグとコーラを手渡してくれると、それを見ていた売り子さんがチクリと一言。




「ユウトくん……その年齢で、彼女に養われてるのは、どうかと思うよ?うん」



「や、養われてないですから!彼女でも、ないし!!」




 すると、月森さんが急に俺からコーラを取り上げて、小さな口を尖らせた。




「そこまで、強く否定しなくてもいいのに……そんなに、イヤ?私が、彼女だと思われるの」



「えっ!?ちちち、違います!月森さんが、迷惑かな〜と思っただけで!!」




 やべーと思ったのか、そそくさと売るだけ売って去って行く姐さんが、最後に一言を残して行った。




「ユウトくん!女の子を泣かせるなんて、サイテーだぞ?気を付けなよ〜……じゃ、また!!」



「あっ、おい!誰のせいだと、思ってるんです!?」




 そんな様子をコースケがホットドッグにかぶりつきながら、隣に座るレイジにぼやいた。




「なんか……ユウトが、うらやましいんだが。いつも、こんな感じなのか?」



「あぁ、そうだ。本人は無自覚っぽいのが、余計にタチが悪い。リア充、ぜるべし!」



「ははは……あ、美味いな。このホットドッグ」

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