師匠

「……以上で、レギュレーションの説明は終了だ。質問のある者は?」



 参加者たちを前にして、“冒険者養成校ゲーティア”生徒会長・堅城かたしろジンが、完璧な説明を終えると、誰も質問者は現れず時間通りに会はお開きになろうとしていた。



「無いようだな。それでは、諸君の健闘を祈る……解散だ」



 コロシアム内にある会議室から、ぞろぞろと参加者たちが出て行くと、“上泉マコト”は天敵に呼び止められる。




「逃げずに、来たか。その度胸は、褒めてやるよ」



「柳生……くん」



「しっかりと、準備はしてきたんだろうな?を、な。ハッハッハ!!」



「ま……負けるつもりは、ないから」




 精一杯の勇気を振り絞って、ささやかな抵抗を見せるマコト。その一言を聞いて、柳生ムネタカは、あからさまに不機嫌な表情に変わるが、彼とは別の人物が割り込んできた。




「ほう。それは、ムネタカと戦って勝つ……と、言っているのか?道場で、一番の落ちこぼれだったお前が!?笑わせてくれるじゃないか」



「師範代……!?」




 近づいてきたのは、柳生ムネタカの実父であり剣の師。そして、上泉ヨシツネ亡きあとの道場主となった“柳生マサカド”であった。




「師範ではなく、だ。もはや、お前にとっては師範ですら、ないが……」




 かつての師範・上泉ヨシツネが“目の上のたんこぶ”のような存在だったマサカドにとって、次席である師範代に甘んじていたことを思い起こされるのは、この上ない屈辱であった。




「も、申し訳ありません……師範も、来てらっしゃったんですね」



「一番弟子の晴れ舞台だ。応援に来るのは、当然だろう?もっとも、相手がお前では勝つのは約束されてるようなものだが」



「そう……ですか」



「いい加減、気付いていたかと思っていたが、性懲しょうこりも無く、まだ冒険者などを目指しているとは……お前には、剣の才能などないんだよ。いつまでも、剣聖の血にすがるのはやめろ」




 悔しさが溢れてくるも、何も言い返せない自分を不甲斐なく感じていると、マコトにも援軍が現れた。




「おいおいおい。年寄りが、公衆の面前で学生に説教か?良い趣味を、お持ちだな」



「……誰だ、貴様?いきなり、無礼な」



「俺か?俺は、北斗ユウセイ。今のコイツの師匠だ」




“北斗ユウセイ”は、マコトの頭をポンポンと叩きながら、ニカッと笑いながら自己紹介をした。

 もう片方の手には、酒と書かれた小振りの瓢箪ひょうたんを持っている。




「ハッ!お前が、“七星剣術”とかいう怪しい剣術の生みの親か。想像通りの人間だな」



「ほう、我が剣術をご存知とは、お目が高い。それで、想像通りとは?」



「中堅ギルドで時間を無駄に過ごしてきた無名剣士が、才能のない学生風情に師匠ヅラしてえつる……ふん、実に滑稽こっけい!」



「うーむ、その通りだ。だが、悪いが俺もアンタのことなど知らん。無名仲間だな。えっと、マコトの道場を横取りした野郎だったっけ?確か」




 飄々と切り返すユウセイに、ぴくっと顔に青筋を立てるマサカドは、何とか怒りを抑えて更に返した。




「そんな安い挑発など、乗らんぞ?目に見える勝負は、しない主義なのでな」



「なるほどね。だから、弟子も“才能のある人間”しか育てられないのか……合点がてんが、いったぜ」



「なにを!当然だろう。弟子の才能を見極めるのも、師としての資質の一つだ。才能のない人間に教えても、評判が落ちるだけだ!!」



「それはそれで、別に良いとは思うが。ただ、俺は“才能の無い人間”を強くしてやれることこそ、本物の師の資質だと思ってるけどな」




 それを聞くと、ふっと鼻で笑いながら、呆れ顔でマサカドが答える。




「三流ならではの、綺麗事だな。いくら、強く出来ても“才能のない人間”がトップに立つことはない。お前のような奴は一生、初心者入門でもして満足していればいい。お似合いだぞ?くっくっく」



「へっ!マコトの才能にも気付けなかったが偉そうに、よく言うぜ。まぁ、見てな。今日が終われば、どっちが正しかったか、すぐに分かるだろうぜ」




 まるで、二人の背景に龍と虎が浮かんでいるかのように、バチバチに眼光を飛ばし合う両者。

 それを止めたのは、マコトの姉弟子・安東イブキであった。




「はーい!ストップ、ストップ!!場外乱闘なんて、やめて下さいよ?良い大人なんだから」



「だってよー……このジジイがさぁ」




 安東の制止に、マサカドも溜飲が下がったのか、息子を連れて、その場を去ると、捨て台詞を一つ吐いた。




「せいぜい、数少ない弟子の最後の勇姿を拝んでおくんだな。この私を、侮辱したこと……必ず、後悔させてやるからな」



「そっちこそ、俺の……絶対に、許さねーからな」




「ふん!」と怒りに満ちた一瞥いちべつを与え、柳生親子は姿を消した。

 そして、マコトは頼もしい師匠に声を掛けた。




「どうして……僕なんか、まだ一年も師匠の下で学んでないのに、そこまで」



「俺の弟子であることに、年月なんて関係ねーよ。いいか、マコト。絶対に、勝て……とは、言わん」



「えっ」



「その代わり……後悔のない戦いをしろ。なーに、負けても死ぬわけじゃねえ、気楽に行け。退学になろうが、いつでも俺の剣術は教えてやれるんだ」



「し、師匠……はい!ありがとうございます!!」






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