契約の儀・3

 後手に回って、“溜め”が不十分だったとはいえ、上泉の“破軍ベネトナシュ ”を凌駕し、なおも迫ってくる紫の大渦を、“気”を込めた『銘刀・残光』で受け止めるマコト。



 ギャギャギャギャ!!!



 あわや、太刀ごと削り取られるかと覚悟するほどの威力だったが、上泉の“破軍ベネトナシュ ”との摩耗によって、フルカスの“破軍ベネトナシュ ”も多少なりとも弱まっていたのだろう。

 多少の刃こぼれはしたものの、何とか耐え切ることが出来たが、それを読んでいたかのように、休む暇を与えることなく敵が間合いを詰めてくる。




「七星剣術・五つ星……廉貞アリオト!!」




 ギィン!!




 逆手持ちから振り上げられた一撃が、無防備だったマコトの太刀を力強くはじくと、刀を握っていた両腕ごと真上に放り出される。

 そんな彼に向けて、振り上げた妖刀を今度は、ガラ空きとなった胴体へ、フルカスが振り下ろしの一撃を見舞おうとしたが……。



 ドスッ!!



 突如、背中から何かに刺された感覚が襲う。


 もしや、“植村ユウト”の介入かと頭によぎったが、すぐにフルカスは異変に気付いた。

 いつの間にか、マコトがことに。


 そう。“上泉マコト”は、自身の“破軍ベネトナシュ ”が破られた瞬間に、密かに『応答丸アンサラー』をフルカスの背後へと回り込ませていたのだった。


 致命傷にこそ、ならなかったものの、これで形勢は元に戻った。共に大技で“気”を消費してしまった両者は、ここから純粋な剣術勝負へと移行していく。



 キン!キン!!キン!!!



 火花を散らしながら、真剣を何度となく交わらせる二人の剣士。マコトの超集中と、フルカスの背中に刺さった魔剣によって、今の実力は拮抗状態となるまでに近付いていた。


 しかし、フルカスには、まだ“対の先”が残っていた。



 スパッ!



 再び、マコトの攻撃のを察知して、それを先回りする突きを放つと、マコトの綺麗な頰がスパッとえぐられる。




「来るがよい、マコト。次は、外さんぞ」




 フルカスは、彼女の攻撃の“起こり”を今か今かと待ち構えていた。今度こそ、渾身の“対の先”を急所へ叩き込むために。




「ふっ、ふっ、ふっ……」




 口は半開きになり一定の呼吸を行うマコトは、構えを解いてダランと両手を下げた。


 一見、隙だらけのような体勢だったが、フルカスは攻め込めなかった。

 なぜなら、マコトの片目を覆う蒼の炎が通常の倍以上に燃え盛っていたからだ。

 その炎は、“文曲メグレズ”を発動した証。



 一流のスポーツ選手が、稀に突入するといわれている極限の集中状態ゾーン

 彼は、その集中を全て“文曲メグレズ”の視力強化に注いでいた。


 今の彼の右眼に視えるのは、フルカスの思考、フルカスの全身の動き、フルカスの使う気の流れ……そのであった。




 スンッ




 それは、誰しもが想像していなかった一撃。


“上泉マコト”は正面から堂々と、フルカスの心臓に『銘刀・残光』を突き刺していた。

 それは、取り立てて素早い一撃でもない。

 しかし、フルカスは何の抵抗も出来ないまま、気が付けば




「み……見事なり。“先々せんせんせん”……その境地に至ったか。がふっ」




 筋肉や動作の“起こり”を捉えて機先を制するのが“対の先”だとすれば、更にその先……の“起こり”を捉えて機先を制するのが“先々の先”だった。


 わずかに“攻撃をしようとする意思”を察知して、その瞬間に攻撃を出すことで、守りに意識を割かせることなく、こちらの一撃を命中させたのだ。


 第三者から見ている分では、ただマコトが突っ立っているフルカスを刺しただけ。という、何の面白みもない試合内容だったが、相対していた二人の意識下では一触即発の激闘が繰り広げられていたというわけである。

 それは、まさしく達人のみが足を踏み入れることのできる領域でもあった。




 ミッション クリア


 妖刀エペタムの真の能力が解放されました





「えっ!く、クリア……!?」




 まるで、夢から覚めたかのように口元から垂れていたよだれを慌てて拭きながら、宙に表示されたテキストに驚きを示すマコト。


 ぼんやりと勝ったことは覚えているが、限りなく無意識に近い状態だったせいで、記憶がおぼろげになっているのだろう。




 すると、トドメを刺されたフルカスが足元から光となって消失していく。

 そして、最後に勝者をたたえた。




「これにて、契約の儀は終了とする。我、フルカス……いや、妖刀エペタムは汝を“真の主”と認めたり!」




 キイイイイイイン




 その光が収束すると、新たな『妖刀エペタム』となって、マコトの前に浮遊しながら近付いていく。

 白と紫が基調とされたカラーに変わり、鞘に納まっていながらも、強烈な妖気が発せられている。



 マコトは、恐る恐る妖刀を手にすると、大事そうに抱きかかえた。




「……おかえりなさい、エペたん」



『まだ、その名で呼ぶか……ふっ。まあ、良い。これからも、よろしく頼むぞ。我が、よ』




 ただ、手に汗を握りながら応援するしかなかった植村は、音を立てないように静かに一人、試練を乗り越えた若き剣聖に拍手を送っていた。

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