仮想訓練

「武術大会」まで、あと5日




「はあああっ!!」



「ひ……ひぃっ!?」




 俺が木刀で襲いかかると、マコトは恐れおののいて、自らの武器を落とし、しゃがみ込んでしまった。

 そんな彼女の頭を、ポコンと木刀で軽く叩いて、勝負は決した。




「おいおい。偽物と分かってて、これじゃあ……さすがに、先が思いやられるぞ?」




 見事に「契約の儀」を乗り越えて、『妖刀エペタム』の真の主となったマコト。ようやく、本来の目的である“武術大会”に向けての練習に取り組んでいたのだったが……。




「ごめん。でも、その顔で襲いかかって来られると、反射的に力が入らなくなっちゃって……」




 マコトの“柳生ムネタカ”への苦手意識を克服する為に、俺が提案した練習法というのは、【ヒプノーシス】rank100を使って、「俺の姿が“柳生ムネタカ”に見える」という催眠を彼女にかけるというものであった。

「習うより慣れろ」、とにかく仮想柳生くんを相手に実戦練習して、慣れていければ良いと思っていたのだけれど。





「ここ最近の経験で、マコトの実力は跳ね上がってる。持ってる実力を発揮できれば、必ず勝てる!怖がるような相手じゃないはずだぞ?」



「う、うん……もう一度!もう一度、お願い!!」



「OK。何度だって、付き合ってやる」




 二体の強力な悪魔を、一騎打ちで勝利してきたマコトだ。この調子なら、絶対に勝てると確信していたのだが……思った以上に、彼女の心の傷は深かったようだ。このままでは、実力の半分も発揮できずに負けてしまう。ただちに、何とかしなくてはならない。


 いっそのこと、【ヒプノーシス】で怖がらなくなるような催眠でもかけてやろうかとも思ったが、それで柳生くんに勝ったとしても、本人の成長には繋がらないだろう。偉そうに言える立場ではないが、自分自身で心の闇を打ち払うことで、彼女は冒険者としてステップアップすることが出来るはずだ。



 そうして、稽古に没頭していると、すっかり辺りは暗くなっていた。俺の【ヒプノーシス】にも、効果が持続する時間とクールタイムが存在する。

 休み休みやらなければならないのが、この練習法のもどかしいところだった。




「はぁ……はぁ……」



「よし。今日は、このへんにしとこう。練習のしすぎも、良くないからな」



「う、うん……」




 全く戦えなくなる状態からは何とか抜け出せたものの、それでも十分な実力は発揮できず、剣戟まで発展できても、すぐに俺が打ち勝つという展開が続いてしまった。

 さすがに、マコトも落ち込んでる様子だ。




「大丈夫だ。まだ、時間はある!一応、戦えるまでには進歩したんだ。前向きに、考えようぜ?」



「ありがとう……ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって」



「なに、言ってんだよ。友達なんだから、当たり前だろ?どうせ、俺は武術大会には出ないし。マコトのサポートに、全力を尽くすつもりなんで!ヨロシク!!」



「ははっ、うん……頼りにしてる。あ、えっと……汗かいちゃったから、ちょっと顔を洗ってくるね!」




 そう言って、彼女は逃げるように手洗い場まで走って行ってしまった。

 すると、急に誰かに名前を呼ばれる。




『植村ユウト!』



「おわっ!びっくりしたぁ……エペタムさんか、驚かせないでよ」




 近くの岩に立てかけられていた妖刀が、俺に話しかけていたようだ。フルネームで呼んでくるのは、彼かサクラの妹ぐらいしか心当たりが無い。




『道場生時代に、かなりネチネチと嫌がらせを受けていたようじゃからの。思った以上に、苦手意識が働いておるようじゃな。柳生の息子には』



「そう……だったんですね。大会までに、治ってくれると良いんですけど」



『ある意味で“柳生ムネタカ”は、どんな悪魔よりも“上泉マコト”にとっての天敵と呼べる存在じゃろうて。ワシも力を貸してやりたかったが、まさか大会では真剣の使用が禁止されてるとは……』




 そうなのだ。大会では、木刀やゴム弾銃など、学園側が用意した安全な武器を使用しての戦闘となる。

 生徒同士を殺し合わせるわけはないので、当たり前と言えば当たり前なのだが。




『と、いうわけで……ワシは、何も出来ん。あとは、おぬしに託したぞ。植村ユウト』



「お、俺っすか!?言われなくても、協力できることはするつもりですけど……」



『それで、良い。おぬしが、親身になってくれれば……それだけで、な。がっはっは!』



「はぁ……?」




 そんな二人の会話など露知らず、マコトはバシャバシャと顔を水で洗い流すと、全く別のことで頭が一杯であった。




(なんだろう、これ……ユウトと話してたら、急に胸がドキドキして。こんなの、初めてだ……)




「……練習のしすぎで、疲れてるだけか。うん、そうだよね」




 ふと、“植村ユウト”の顔が頭に浮かび、なぜか頰を赤く染めた彼女は、雑念を振り払うかのごとく、ぶんぶんと首を横に振ったのだった。




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