挑戦表明

 放課後。

 手紙に書かれた場所に、緊張した面持ちで向かった上泉。しかし、そこで待っていたのは……。




「おいおい。誰かと思えば、お前かよ」



「や……柳生くん」




 気弱そうな眼鏡女子を、三人の男たちが取り囲んでいた。そう、柳生ムネタカと取り巻きたちである。彼の手には、彼女から取り上げたと思われる手紙が握られていた。




「いやぁ。コイツ、うちらのクラスメイトなんだけどよ、俺の連れが誰かの靴箱に手紙を入れるのを発見してな。暇潰しに、見学しに来たんだ」



「暇潰しに……見学?」



「おう。そうしたら、お前が来たってわけだ。類は友を呼ぶっつーか、地味な女は地味な男を好きになるんだなぁ。くっくっく」




 柳生に続いて、取り巻きたちもゲラゲラと笑い始める。手紙の差出人と思われる少女は、今にも泣きそうに肩を震わせているが分かった。




「そ、そんなことして……何が、楽しいの?」



「あぁ?」



「その子が、可哀想だよ……やめてあげて」



「んだよ、テメー。俺に、指図するつもりか?」




 強烈な睨みを効かせながら、迫ってくる柳生の姿に、上泉の額から汗が流れ、足がガクガクと震え始める。林間学校の経験は明確な記憶にこそ残ってなかったものの心には刻まれていたようで、彼のトラウマに更なる悪化を招いてしまっていた。


 そんな中、柳生の子分の一人が心配そうに親分に向かって声をかけた。




「柳生さん、大丈夫っスか?確か、そいつの仲間には、弱みを握られてたはずじゃ……」



「確かに、関わるなとは言われたが……今回は、コイツから関わってきたんだ。平気だろ」



「そ、そうっスよね!はは……」




 眉間にシワを寄せながら、あからさまに不機嫌そうになった柳生は、ドンッと上泉の体を突き飛ばすと、尻餅をついた彼に向かって言い放った。




「しかし、いつまでもビクビクしてるのも、しゃくさわる……おい、



「な……なに?」



「今度の、武術大会。俺と、勝負しろ」



「えっ!?」



「そこで、俺が勝ったら……お前の連れが持ってる映像を、引き渡せ。それと、ついでに」




 柳生は、その場で腰を落とすと、座り込んでいる上泉と同じ目線となって対面し、ニカッと不敵な笑みを浮かべる。




「お前……この学園から、退学しろ。目障りなんだよ」



「な……!?」



「その代わり、お前が勝つようなことがあれば、俺が退学してやるよ。まぁ、そんなことにはならないが……どうだ?そんな勇気、お前にあるわけねーか!?」




 上泉の視界に涙を流す少女の姿が映し出され、その瞬間だけ彼の感情は恐怖より怒りがまさった。




「わかった……やるよ。決着を、つけよう」



「おおっ……くくっ、ふはははは!!!」




 あっさりと勝負を受けた上泉に対し、一瞬だけ驚きの表情を見せた柳生は、すぐに高笑いをあげた。




「よし、決まりだ。忘れずに、申請を出しておけよ?……逃げたら、承知しねーからな」




 最後にまた恐怖心を植え付けて、彼は取り巻きを引き連れて去って行ってしまった。その途中で、持っていた恋文をビリビリと手で千切りながら。




「くそ……くそっ!!」




 悔しさと、自分への不甲斐なさから地面に拳を叩きつけながら叫ぶ上泉のもとへ、小走りで眼鏡の少女が駆け寄ってくる。




「ごめんなさい……ごめんなさい!私のせいで、こんなことに……」



「き、キミのせいじゃない!悪いのは、あいつらと……そして、弱い僕のせいだから。こっちこそ、ごめんよ」




 上泉の優しい言葉に、彼女はぶんぶんと首を横に振りながら、謝罪を繰り返す。




「もし、これで……上泉くんが、退学になっちゃったら……私、私……一体、どうしたらいいか……!」




 ようやく立ち上がり、うろたえる彼女の涙をそっと指で拭うと、上泉は迷いの晴れた眼差しで宣誓した。




「大丈夫。僕は、もう負けない……必ず、勝つから。だから、心配しないで?」



「上泉くん……」



「えっと……まだ、名前を聞いてなかったね。教えてくれる?」



「……西園寺トモミです」



「トモミちゃんか……良い名前だね」




 そう言って、上泉は破り捨てられ地面に落ちた手紙の切れ端を丁寧に一枚ずつ拾い始める。




「上泉くん、いいよ!それは、もう……」



「いや、よくない。これは、ただの紙切れなんかじゃないから……そうでしょ?西園寺さん」




 上泉の言葉に、再び彼女の瞳から涙が溢れた。

 しかし、今度の涙はさっきとはによって生まれたものだ。

 そして、西園寺も一緒になって紙切れを拾ってゆく。


 ラブレターこそ、書いた経験などは無かった上泉だったが、女心は痛いほど良く分かった。

 なぜならば、彼女も同じ性を持つ者だったから。



 日が暮れる頃、全てではないにしろ目に見える範囲の紙切れを拾い集め終わると……。




「あの!私、家で補修してきます……なので、その時。また、改めて受け取ってもらっても良いですか?」



「それは……嬉しいんだけど、その……」




 本来、彼女の思いを断るつもりでいた上泉は後ろめたい気持ちになり、上手く返事が出来なくなる。

 その様子を見て、西園寺は何かを悟ったように言った。




「受け取ってもらえれば、それだけで満足なので……お願いします」



「西園寺さん……うん、わかった。待ってる」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る