訪問者

『ミストルティン』オーナールーム



「よろしかったのですか?」




 窓から外の景色を眺めている“龍宝タイジュ”に、執事の藤村が尋ねる。もちろん、サクラのことであるのはすぐに伝わったようで。




「思い返せば、若い頃の私も両親の反対を押し切って今の道を進んできた。当時は、こんな親にはなるまいとは思っていたというのに、血は争えんな。気付けば、同じことを繰り返すところだった」



「なるほど。それで、お気持ちを改められたのですか」



「などと、格好つけて言ってはみたが……正直な気持ちは、イツキに説得されたから。その一点に尽きる。結局のところ私は、いつまで経っても彼女の尻に敷かれる人生らしい。ふっ」



「……左様でございますか。今一度、お話できて何よりです。もっと、お二人の時間が欲しかったのでは?」





 藤村の問いかけに、ふっと息を吐いて振り向くと、彼は清々しい顔で答えた。





「いいや。あれ以上は、余計に未練が募ってしまっただろう。悔しいが、彼女はもう……この世界の者では、ないのだ」



「タイジュ様……」



「しかし、私には話せる相手がいる。これからは、今いる家族と、もっと対話していこうと思っているよ……それが、彼女の望みでもあるからな」



「それは……素晴らしい」




 その時、藤村の耳に通信が届く。




「タイジュ様。例のお客人が到着なされたそうです」



「うむ……通せ」




 しばらくして、藤村にエスコートされたが、オーナールームに入って来る。


 黒いトレンチコートを着て、白髪混じりの髪をオールバックにした渋い中年男性。

 オーナーと対峙すると、彼は掛けていたサングラスを外し、丁寧に頭を下げた。




「お久しぶりです」



「変わっとらんな……。思ったより、早い出所だったな」



「石火矢が、動いてくれたおかげです。持つべき者は、よき部下ですよ」




『白銀の刃』の前身、『漆黒の鎌』の団長・黒岩ムサシ。刑期を終えた彼は、すぐに表舞台に復帰することはなく、裏で暗躍していた。




「それで、今日は何の用かね。新たなギルドでも、設立するか?『漆黒の鎌』には、世話になった……多少の金の工面なら、してやれるぞ」



「いいえ。しばらく、冒険者稼業に戻る気はありません。今日は、ご忠告をしに来ただけです」



「忠告……?」



「今、五大ギルドのトップどころが密かに狙われているという事態が発生しています。それには、お気付きでしたか?」




 彼の不穏な言葉に、龍宝オーナーも真剣な顔つきに変わり、眉をひそめながら答えた。




「まさか、お前の一件もだったのか?」



「そうです。もちろん、私の未熟さが招いた事態ではありますが……何者かに、精神を汚染されていたことが判明しました」



「……他にも、被害者が?」



「表には出ていませんが、『ヴァルキュリア』のギルドマスターも洗脳され暴走したと聞きました。団員たちの制止によって、大きな被害が出る前に元に戻すことが出来たようです」



「犯人の目星は、ついているのかね?」



「我々のような複数のギルマスと面会できる人間は、限られています。前に、五大ギルドの首脳会議が行われたのを覚えてらっしゃいますか?」




 五大ギルドの首脳会議。それは、それぞれのギルドマスターが集って、友好を深めつつ諸々の条約を取り決めるという話し合いの場であった。




「その場で、洗脳をかけられたというのか!?」



「……あくまで、私の推測ですが」



「そうだと仮定するならば、黒幕は……五大ギルドのマスターの中にいる、ということになるぞ」



「まだ、洗脳が確認されていないギルドマスターは、三人。『日本国調査団』本部団長・田中マサト、『エクスプローラー』ギルドマスター・飛縁ひえんヨダカ、『リインカーネーション』代表・天王寺ミカド」




 自身のギルドの名前を聞き、反応を示すタイジュ。




「うちのギルマスも、容疑者に入っているのか」



「裏を返せば、被害者にもなりえるということ。十分に、注意してください。洗脳されているとしたら、既に何かしらの行動を起こしている可能性があります」



「身内を疑う真似は、したくない……が。良いだろう。飛縁には、監視の目をつけておく」



「そうしてくれると、ありがたい。私の用件は、これだけです。お時間を取らせました」




 ぺこりと頭を下げて、早々と出て行こうとする黒岩を、オーナーが呼び止める。




「他のギルドにも、忠告を?」



「ええ。暇を持て余してる身なのでね、退屈しのぎみたいなモンです」



「お前を洗脳にかけた相手かも、しれんのだろう?」



「おかしな動きを見せてくれれば、それはそれで結果は良し。わざわざ、調査を続ける手間が省ける」




 ゴキゴキッと指の骨を鳴らし、ニカッと笑ってみせる黒岩。それを見たタイジュは、ただ彼は自分を洗脳にかけた相手を“ぶっ飛ばしたい”。それだけの目的で動いているのだと、悟った。




「一番、怪しいと感じている者は?」



「……『リィンカーネーション』。奴らには、警戒した方がいいですよ。オーナー」




 そう言って、彼は部屋を出て行った。

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