龍宝イツキ

「娘たちは成長してたというのに、貴方あなたは随分と幼くなったものね。タイジュ」



「……誰だ?この私を愚弄ぐろうするとは、顔を見せろ!」




 オーナーの怒号に、モモカがスッと横に移動すると、その後ろに立っていた見覚えのある姿に“龍宝タイジュ”は愕然とした。




「どう?お望み通り、顔を見せてあげたわよ」



「イツキ……なのか?」



「この姿と、この声……他に、誰がいるというの?」




 そう。それはオーナーの亡き妻・龍宝イツキ……その人だった。

 モモカが、後ろ手で密かに『黄泉の香炉』を使用して、彼女の魂を呼び寄せていたのだ。




「ふ……ふざけた真似を!誰の仕業だ!?立体映像でも、使ったか?趣味の悪いことを、しおって!!」



「私が、本物かどうかも分からなくなってしまったの?悲しいわね」



「そんな、馬鹿な!ほ……本当に、イツキなのか?」




 まだ疑念を抱いでいる様子の父親に、モモカが持っていた秘宝を見せながら白状した。




「本物だよ。この秘宝『黄泉の香炉』は、死者の魂を呼び寄せて、少しの間だけ対話できるようになるの。私が、ママの魂を呼び寄せた!」



「死者の魂を、呼び寄せる……だと?」




 少しずつ、信用しつつあるタイジュに、イツキの霊が話を続けた。




「そうよ。だから、私には時間が無いの。早速、本題に入らせてもらうわ」



「な……なんだ?」



「なぜ、サクラが冒険者になるのを執拗に邪魔するの?あの子の資質は、素人の貴方が見ても明らかでしょう」



「それが、あの子の為なのだ!冒険者になるということは、少なからず命の危険も伴うだろう。私の跡を継ぐ方が、誰の目から見ても幸福だと分かるはず!!」




 激しい夫婦の言い合いに誰も口を挟めず、ただ二人の口論を黙って見守ることしか出来なかった。




「他人から見た幸福より、サクラ自身が幸福かどうかが一番大事なことなんじゃないの?それに、貴方が本当に心配してるのは、自分のことでしょう」



「ど、どういうことだ!?」



「貴方は、自分が築き上げたを、後世まで残していきたいだけ。その為に、血が繋がった跡取りを手放したくないのよ」



「ち、違う!」



「なら、なぜ……モモカには、冒険者になることを承諾したの?娘の為を思ったというのなら、モモカにも反対の意を示さないとおかしいはずよ」



「やめろ!!」




 図星を突かれたのか、明らかに動揺した表情で怒鳴り声をあげるオーナー。




「私には……私には、この『エクスプローラー』を最強のギルドにするという使命があるのだ!その為に、優秀な跡取りが欲しい。それの、何が悪い!!」



「なぜ、そこまで……最強など。そんなものに、こだわるの?あなたは」




 その疑問に答えたのは、執事の藤村だった。




「失礼ですが、割り込ませていただきます。それは、全て……イツキ様。あなたの為だと、思われます」



「藤村!余計なことを、言うな!!」




 オーナーが口止めしようとするも、イツキは凛とした態度で藤村に話の続きを促した。




「……構いません。聞かせて、藤村」



「タイジュ様は、誓ったのです。イツキ様の、葬儀の日……もう二度と、貴方のような犠牲の出ない世界にする為に、どんな怪物がゲートから出現してこようと撃退することのできる、最強のギルドを作ってみせると」



「……!」



「あの日から、ギルド運営の方針は徹底的な実力主義に変わっていきました。優秀な人材を集め、役に立たない者は容赦なく切って捨てていく……賛否両論はありましたが、結果的に五大ギルドの一つと呼ばれる規模にまで『エクスプローラー』は成長した。それもこれも、全てはイツキ様……あなた様の為だったのです」




 バツが悪そうに顔を伏せるオーナーに、全員の視線が集まる。

 確かに無慈悲な性格ではあるが、それも深い愛がゆえの末路だったと思うと、不思議と見る目が変わってくるものだ。




「そう、だったの……ごめんなさい。そんなことを思ってくれてただなんて、知らなかった」



「…………」



「でもね、タイジュ。誰かを幸せにするのは、素敵なこと……だけど。まずは、自分や身の回りの人たちを幸せにしてあげて」



「!」



「サクラや、モモカとはちゃんと話してる?あなたは今、幸せ?私が望んでいるのは弔いなんかより、あなたたちが仲良く健康に暮らしていることだけなのよ」




 スッと夫の前に歩んで行くイツキは、優しく彼の頰に手を触れると、魂でありながらも懐かしい温もりによって、彼はタガが外れたように、鼻水を垂らし、まるで子供のように泣き出し始めた。




「イツキ……私は、私は……お前に、何も……してやれなかった!あの時、お前を死ぬ気で止めていればと……毎日のように……悔やんでいる……ふぐっ。うう〜!!」



「ふふっ。全く、貴方は本当に子供のままね……でも、根っこは変わってなくて安心したわ」



「私はっ!私は……お前が、いないと……何も、できん。娘たちと、何を話していいかも……分からんのだ!!ずっと……うぅ」



「何でもいいのよ。他愛ないことで……そして、認めてあげること。あなたたちは、家族なのだから」




 彼女の言葉には、魔法のような不思議な力があった。それが秘宝による影響なのか、彼女自身の魅力なのかは分からないが、その場にいる全員の心がふっと軽くなったような気がした。





 時間が来て、光となって天に昇って消えていく彼女の姿を、しがみつくように手を伸ばしながら、龍宝タイジュは最後まで涙を流し見送ったのだった。


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