操血術

「天使の光よ、その奇跡を持って、全ての厄災を退けたまえ……オール・リフレッシュ!!」



 サクラが全体治療の術式を発動させるも、操り人形と化した一角たちに変化は起きず、植村は防戦を続けながらグラシャラボラスからまでヘイトを買わないよう、アスカたちから距離を離していく。


 相手は強力な四人だったが、意識を乗っ取られているからか攻めのパターンは単調であり、彼の持つ“自動回避”を持ってすれば、守りだけに専念することで十分に凌ぐことは出来そうではあった。




「そんな……私の、回復が効かないなんて」




 ショックを受けた様子のサクラに、すかさずアスカがフォローを入れた。




「つまり、あれは“混乱”みたいな状態異常に分類されないってことだと思う。外的要因から操られているんだとしたら、サクラの治療系でも治療は出来ない」



「外的要因って、やっぱり……」




 ふと、彼らを操っている本体をサクラが見上げようとすると、ドンッと天井の壁を後ろ足で蹴ったグラシャラボラスが急降下してきた。




「サクラ!!」




 瞬時に『マルチウェポン』を双剣からキックボードの姿へと変化させると、猛ダッシュでサクラを途中で抱え上げ、安全圏へと避難するアスカ。


 さっきまで、サクラのいた場所にグラシャラボラスの巨大な顎が突き刺さる。

 間一髪で回避してみせたアスカだったが、振り向きつつ確認した光景に、ひやりとした。




「今だ!フロスト・クラスター!!」




 そんな空飛ぶ魔犬にただ一人、恐れることなく術を放ったのは、作り出した氷の道をスケート靴で滑走していたモモカであった。


 グラシャラボラスの頭上、瞬く間に巨大な氷柱つららを作り出した彼女は、それを落下させる。




 直撃かと思われた一撃だったが、敵が急に姿を消すと、氷柱つららは直で地面へと衝突し、粉々に砕け散った。

 その様子に、モモカは目を丸くする。




「消えた?まさか、光学迷彩ステルス!?」



「違う!あれは、完全な直撃コースだった……光学迷彩ステルスしたとしても、命中はするはず」



「じゃあ、何なのよ!?七海アスカ!」



「あれが、“透過”能力……おそらくは、実体を透過させて術を無効化させた」



「はぁ!?じゃあ、全部の攻撃が通り過ぎちゃうってこと?そんなの、無敵じゃん!」




 狼狽するモモカに、その真偽を確かめるかのようにアスカも攻撃を仕掛けていく。




「シルエット・フォー……“狩人ハンター”。ドレスアップ」




 キックボードをライフルに変化させて、アスカが射撃体勢に入ると、【目星】で敵の位置を把握する。幸いにも光学迷彩ステルスよりは透明度は浅く、目を凝らせば空間の揺らぎからグラシャラボラスの存在を認知することが出来た。



 ドン!ドン!!



 何発か弾丸を撃ち込むも、やはり全てが敵を通過してトンネルの壁に命中してしまった。





「術も、物理も通用しない……本当に、無敵ってこと!?」




 すると、アスカの目の前まで迫ってきたグラシャラボラスは急に実体化して、右前足を彼女に向かって振り下ろした。




 ドゴオッ!!




 寸前で回避に成功したアスカは、一撃で地面を叩き割るその威力に驚きながらも、反射的に持っていたライフルで迎撃を試みた。すると、今度は敵が実体化していたからか弾丸を命中させることが出来た。ただ、そのダメージは微々たるものだった。




「そうか!コイツ自身も透過状態では、攻撃することが出来ないんだ……敵が攻撃してくるタイミングなら、こっちも反撃できる!!」




 ドンッと二射目のライフルを撃ち込むも、またしても透明化して、その弾丸は敵の身体を通過していく。しかし、さっきアスカが命中した弾痕から滴る敵の血だけは、なぜか消えずに見えたままであった。


 それを見たモモカは、優雅にトンネル内を滑りながら不可解そうに言う。





「何よ、アレ……自分の血は、消せないの?」




「オオオオオオン」と、グラシャラボラスの独特な咆哮が響き渡ると、その滴っていた血が命を持った蛇のように動き回り始めた。





「あれは、まさか……」




 次の瞬間、ドクドクと敵の体から流れ出てきた血が、蛇のような動きから今度は無数に枝分かれして、その場にいたアスカたちにのように、次々と襲いかかっていった。





 ドドドドドドドドド!!!




 アスカは反射神経で、モモカは滑走を加速させ、“血の棘”による連続攻撃を回避していく。




「これが、……自分の血を、武器のように扱う能力か!もし、透過状態でも使えるのだとしたら……」




 奇しくもアスカの弾丸が命中してしまったことで、使用可能となった“操血術”。これで、敵は全ての攻撃を受け付けない状態のまま、一方的に攻撃が出来る万全の態勢を整えたこととなる。


 その“血の棘”は、グラシャラボラスの周辺近くにいたを対象に襲いかかる。


 カメラを構えた“雪鐘ミク”のレンズに、分岐された“血の棘”が三本、こちらに向かってくるのが映し出された。




「う、嘘でしょ……きゃっ!!」




 ドドドドドド!!!




 彼女が、恐る恐る閉じてしまったまぶたを開けると、そこにあったのは光の結界で自分を庇ってくれた“龍宝サクラ”の後ろ姿であった。




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