操り人形

 そんな焦るモモカをよそに、能天気な声でカメラを構えながら雪鐘が近寄ってくる。




「凄かったです、お二人とも!良いが、バッチリと撮れましたよ〜!!」



「それ、記録用の映像だよね?見所あっても、しょうがないでしょ」



「それは、そうなんですけど。ストリーマー心に、火がついちゃっ……ひぃっ!?」




 回復した体の感覚を確かめながら雪鐘と会話していたアスカは、いきなり天井の一点を見つめて言葉を止めてしまう彼女に尋ねた。




「どしたん?何か、あった!?」




 そう言いながら、雪鐘の視線の先を追ったアスカが、そこで見たものは……天井にへばりつきながら、ひたひたとこちらへと歩いてくる、鳥の翼を背中に生やした巨大な犬の姿であった。


 一瞬、息を呑んだ彼女は、冷静に“怪盗ファントム”にシルエットチェンジすると、【鑑定】で怪物の正体を判明させる。




 グラシャラボラス

 動物型・伯爵級クリーチャー

 身体能力 A

 精神耐性 D

【特性】

 操人術

 操血術

 壁歩き

 透過

 飛行




「悪魔……秘宝の番人!?みんな、戦闘準備をして!!」



「どういうこと?ボスが、向こうから来ることなんてあるわけ!?」



「分からない!もしかしたら、制限時間が経過したことが関係あるのかも……とにかく、わざわざ探しに行く手間が省けたってもんでしょ。速攻で、倒すよ!!」





 アスカとモモカが話してる中、一人静かにゆっくりと呼吸を整えていた植村に、サクラが気付いて恐る恐る声をかけた。




「ユウトさん……大丈夫ですか?」



「え……あ、うん!大丈夫。体力スタミナを回復する技法を、使っていたんだ。これで、また全快の状態で戦える」




 七星剣術・六つ星、“武曲ミザール”。


 この技を使用することによって、彼の消耗していた体力は一気に回復し、かつ【虚飾】によるスキル代替のクールタイムも全てリセットされた。


 この技自体は、しばらく使うことは出来なくなるものの、この一回の使用が長期の連続戦闘において、絶大な効果をもたらすのである。




「ユウトさん……私、怖いです。勝てますか?あんな怪物に」



「みんなの力を合わせれば、きっと勝てる……頑張ろう!サクラ」




 植村の力強い眼差しに、緊張が解けたサクラは唇を噛み締めながら笑顔で頷いてみせた。



 アスカたちが構えているのを感知したのか、天井に張りついたまま進行の足を止めたグラシャラボラスは、しばらく静止して動かなくなる。




(こちらの出方を、伺ってる……?でも、相手の能力が分からない以上、こっちも迂闊に手は出せないか。操血術は、何とか想像がつくけど。気になるのは、というスキル)




 アスカが警戒を強めていると、先に動きを見せたのはグラシャラボラスの方だった。



「オオオオオオン」と、猛獣らしからぬ低い怨霊のような叫び声を放つと、驚いたことに気絶させられていた一角たちがゾンビのように立ち上がってきた。その目に光は無く、意識があるようには感じられない。



 そんな彼らの異変に、モモカは気付いていないようで、怒りを露わに彼らに話しかけた。




「ちょ、ずるっ!死んだフリしてたってわけ!?ボス戦に乗じて、私たちを倒そうなんて卑怯すぎるでしょ!!」



「違う、モモカ!ツバサたちは、操られてる……多分、あの悪魔に!!」



「えっ!?ちょ……それって、マジ?」



「なるほど。これが“操人術”の正体か……よりにもよって、この状況において最悪のスキルかも」




“操人術”とは、気を失った冒険者たちの意識を乗っ取り、意のままに手駒として操る術のことだった。


 アスカの言うとは、この場に気絶している四人の冒険者たちは全てであることを指していた。




 一角のパワードスーツが、再起動し……。


 牛久の全身の筋肉が、隆起し……。


 烏丸がライフルに弾丸を、装填し……。


 ……鳴海が白羽扇に、水気を纏わせる。




 今度は、ただ、サクラ一行の命を仕留めに来るのだ。


 想定しうる最悪の状況に、モモカは混乱しながら全員に支持を仰いだ。





「……ヤバすぎでしょ!ねぇ、どうする?私は、どうしたらいい!?」




 そんな彼女を落ち着けるように、肩に優しく手を置いて植村が前に出ると、サクラに要求を出す。




「サクラ。この前のダンジョンで使ってくれた“光の盾”……今、俺に使ってくれないか?」



「えっ!?で、でも!あれは……!!」



「それで、良いんだ。頼む、サクラ!」




 一斉に襲ってくるツバサたちの姿、植村の決意を感じて、サクラも覚悟を決めて、その神聖術を使用した。




「気高き戦士の盾よ……パラディン・ガード!!」




 植村の前に展開された光の盾は、高度なバリアの役目を果たすと共に、敵対心を煽る効果も発揮する。これによって、一角たちの目標ターゲットは全て植村へと集中することとなった。


 本来、人間相手にヘイトコントロールは効きにくいものなのだが、無意識下で操られている今の彼らの知能は魔物と同等レベルにまで落ちていた為、その効果は絶大だった。




「俺一人で、四人は引き受ける!その間に、悪魔ボスは頼んだ!!」

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