黄泉の香炉

「あった、あった!買ってきたよ〜。コンビニでも、お線香って売ってるんだね」




 無事にダンジョンから帰還した俺たちは、手に入れた秘宝を使ってみることになり、人気ひとけの少ない場所へと移動していた。

 俺の手に握られているのは、宝箱から入手したアンティーク調の香炉であった。





『黄泉の香炉』

 死者の姿を強く思い浮かべながら、この香炉に火を灯した線香を立てることで、黄泉の国から望んだ死者の霊を五分間だけ呼び出し、対話が出来る。

 呼び出せる回数は三回まで。同一人物を呼び出すことも可能。

 ただし、呼び出した者が親しくない場合などは、死者に来ることを拒まれる場合もある。




 アスカから、買ってきた線香を一本だけ受け取るも、サクラは不安そうな表情で尋ねた。




「本当に、良いんですか?三回ある、貴重な一回を私たちで使ってしまって……」



「良いに、決まってるでしょ。クリアしたのは、私たちなんだよ?サクラの所有物みたいなものなんだから、この秘宝アーティファクトは」



「で、ですけど……!」



「会いたいんでしょ?天国の、お母さんに」




 アスカの言葉に、サクラより早く反応したのは、妹のモモカであった。




「会いたい!!正直、私は……ママと、ちゃんと話した記憶が無いんだよ。話してみたい!」




 龍宝家の母親である“龍宝イツキ”は、モモカが生まれて間も無くしてゲートブレイクによって命を落とした。かろうじて、サクラには母との思い出が残っていたが、モモカに至ってはまともに話した記憶すら無かったのだ。

そして、感化されたようにサクラも本音を口にした。




「私も……話したいです。お母さんと、もう一度」



「よし、決まりね。ついでに、サクラたちのお母さんに聞いておきたいこともあるし」



「聞いておきたいこと……ですか?」



「まぁ、とにかく!呼び出してみよう?」




 ついでに購入した着火器具を使って、線香の先端に火を灯すと、それを持ってサクラが亡き母の姿を強く念じながら、『黄泉の香炉』に優しく刺した。


 すると、線香から出ていた白い煙が、黄色く変わって四人の周囲を包み込むほどの量を放出し始める。その異変に、モモカは怯えながらサクラの腕に掴まって叫んだ。




「きゃっ!なに、なに!?失敗したの?」



「ううん。やり方は、間違ってないと思うけど……」




 次第に煙が晴れていくと、代わりに一人の女性の姿が出現する。サクラは、それが一目で求めていた人物であると気が付いた。




「お母さん!」



「久しぶりね……サクラ、モモカ。しばらく見ない間に、随分と大きくなったわね」




 天国では年を重ねるという概念は無いのか、その姿はサクラが幼少期に脳裏に焼き付けた姿と、ほぼ変わらないものであった。

 あまりにも理想通りの母親すぎて、すぐには現実を受け入れられない様子のサクラ。

 しかし、モモカに警戒心は無かったようで。




「ママ……?」



「モモカ。そうよ、私が貴女あなたのママよ」



「……っ!」




 急に涙ぐんで、母親の胸に飛び込むモモカ。

 どういう仕組みか、まるでそこに肉体があるかのように“龍宝イツキ”は成長した娘を優しく抱きしめた。


 冒険者とは聞いていたが、術者タイプの娘たちとは違い、母親は勇敢な女戦士アマゾネスといった感じの肉体を誇っていた。しかし、そんな見た目とは裏腹に、両のまなこは慈愛に満ちた優しさを感じ取れる何かがあった。



 そんな二人の様子を見て、ようやくサクラも警戒を解いたものの、近付くのを躊躇ためらっていると、イツキは手を広げて彼女を無言で呼び込んだ。




「……お母さん!!」




 しばし、三人は一つとなって無言で抱き合っていた。五分しか無い貴重な時間だったが、俺とアスカは何も言わず、その姿を見守った。

 無言ではあっても、心の中で何度も会話を交わしているように見えたからだ。


 少し落ち着くと、イツキさんが口を開いた。




「……お父さんは、元気にしてる?」



「元気にしてるよ。うるさいぐらい」



「ふふっ。そう、それは良かった……のかしら?」



「でも、聞いて!ママ。パパってば、お姉ちゃんが冒険者になるのを反対してるの!!」




 モモカの声を聞いて、イツキはサクラの顔を覗き見た。




「サクラ……冒険者に、なりたいの?」



「うん。お母さんみたいな冒険者に、なりたくて……」



「そう。まさか、あなたがそんなことを言ってくれるなんてね……複雑な気持ちだけど、嬉しいわ」




 そこへ、ここぞというタイミングでアスカが話に割って入った。




「その父親に認めてもらう為に、私たちでサクラが課題に出されたダンジョンへ挑戦する予定なんです。もちろん、クリアするつもりで挑みはするんですが、もしかしたら……」



「それでも、反対されるかもしれない?」



「はい。その可能性が、あるんじゃないかと」



「課題まで出すってことは、よほど冒険者にさせたくないんでしょうね。でも、あの人がそうなってしまったのも……多分、私のせいかもしれないわ」



「イツキさん……」



「あの人とも、ちゃんと話さないとね……もう一度、私のことを呼び出すことは出来るかしら?」



「は、はい!実は、私達もそれをお願いしようと思っていたんです!!」





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