LV2「合わせ鏡の回廊」・9

站椿たんとう”とは本来、長時間その姿勢を保つことで全身のバランスを整え、全方位からの攻撃に耐えうる屈強な肉体を作る為の、武術における基礎的な訓練の一つであった。

 昨今では、それが“気”を練り出す構造としても最適であると判明し、より重宝される練習型となったのだ。


 その動きは大きく四つの段階に分けられる。



「起」で右手を拳、左手を掌にして重ね合わせる“挙手の礼”。


「承」で足を肩幅の広さに開く。そして、 両手は力を抜いて体の外側に。


「転」で自重を、開いた両足の中心に向かって落とす。


「結」で両膝をやや曲げ、お尻を締める。大きな球体を持つように、両手を軽く肩の高さに。




 この一連の動作を、一定の呼吸で行うことで体内の“気”が循環し、外界の自然エネルギーと調和しやすくなるのである。



“植村ユウト”と“七海アスカ”は、まるで写し鏡のように敵の前で、ゆっくりと起承転結の動きを行う。


 植村の足下からはバチバチと電気が発せられ、七海の周囲には風が巻き起こる。そのエネルギーは“站椿たんとう”と連動するかのように、二人の手元へと集約されていく。

 そうして、自然と大技への準備段階が整った。




【虚飾】が、【近接戦闘(格闘)】rank100に代わりました



「シルエット・シックス、“隠者ハーミット”……ドレスアップ」




 そして、互いに徒手格闘の専門家スペシャリストへと状態を変化させると、ほぼ同時のタイミングで大技を発動した。




「雷神八極拳……猛虎硬爬山・神鳴かみなり!!」

「風神八卦掌……双撞転掌・竜巻たつまき!!」




 ほとんど、技を伝授されていなかった植村だったが、過去の経験で“雛型となる技”は放っていた。

 八極拳の技自体はネットで調べ、ある程度は【虚飾】効果で再現が可能だ。そこに、練り上げた“雷気”を込めれば、完成形とはいえないまでも、技を繰り出すことが出来たのだ。


 竜胆エリカに過去の経験を話したところ、その技は『猛虎硬爬山・神鳴かみなり』と呼ばれるものだと分かった。練度こそ低いものの、【近接戦闘(格闘)】rank100の効果で、それは十分に必殺の効果のある一撃へと変貌を遂げる。




 一方の七海アスカの技『双撞転掌・竜巻たつまき』は、かつて植村が森の中の戦闘において、傭兵を倒した技“双撞転掌そうどうてんしょうに、竜巻の如き“風気”を加えた、破壊力では一・二を争うほどの大技であった。


 人型のボティスの足下から天に向かってカミナリのような雷撃が立ち上がり身を焼き尽くされ、蛇型のボティスは真横に発生した竜巻によって捻じ切られるように絶命した。


 二人が放った一撃は、見事に二体の異なるボティスを殲滅する。そして、敵は二度と蘇ってくることはなかった。

 ぶっつけ本番の同時攻撃シンクロだったが、どうやら無事に成功したようだ。




 ミッション クリア




 クリアを示すテキストが宙に表示されると、二箇所の戦場を隔てていた岩壁が消え、このダンジョンに来て初めて四人は顔を合わせることになる。




「お姉ちゃん!大丈夫!?」



「うん、大丈夫だよ。心配してくれて、ありがとう」




 姉妹の再会を暖かく見守りながら、アスカは植村のもとへと歩み寄って行く。




「お疲れ、ユウト。私たち、良いコンビネーションだったんじゃない?結構」



「うん。トリッキーな相手で、一時はどうなるかと思ったけど……何とか、勝てて良かった」



「でさ。一つ、質問なんだけど」



「ん、なに?」




 何やら、ジト目で睨んできながら、ドスの効いた低い声で彼女は問い詰めてきた。




「……何で、サクラがユウトのジャケット着てるわけ?」



「えっ!?いや、それは……その〜」



「しかも、いつの間にか“サクラ”って、呼び捨てにしてなかった!?え、二人でいた時に何かした?」




 顔は笑っているが、目の奥は笑っていない。

 そこへ、モモカちゃんから最悪の一言が叫ばれた。




「ちょっと、お姉ちゃん!中の服、ボロボロじゃん!!下着、見えちゃってるよ!?」



「わ、分かってるよ!声が大きいってば〜!!」




 そんな姉妹の会話は、もちろんアスカ様の耳にも届いていたようで。




「お前……やったな?」



「な、何をだよ……やってないわ!スライムに襲われて、服が溶けちゃっただけだから!!それで、俺のジャケットを貸してあげたんだって」



「……ふーん。それで、サクラの下着は何色だった?」



「し……いや、見てない!見てない!!あぶねぇ」



「めちゃくちゃ、アウトだわ!白って、言いそうになってただろ!!」




 そこへ、すたすたとモモカちゃんが俺らの間に入って、ぼそっと一言。




「痴話喧嘩は、それぐらいにしてくれる?これ以上、下着の話したら、お姉ちゃんの顔が爆発しちゃうって」




 そう言われて、チラリとサクラに視線を移すと顔を真っ赤にして俯いているのが見えた。

 さすがに、アスカも慌てたようで、すぐに彼女のもとへ駆け寄ってペコペコと頭を下げた。




「ごめん!サクラ。ノンデリだったわ……ほんとに、すみません」




 残ったモモカちゃんが、俺の肩をトントンと叩く。




「お姉ちゃんを守ってくれて、ありがとう……植村ユウト。少しは、やるじゃない」



「え?はは……そりゃ、どうも」







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