LV2「合わせ鏡の回廊」・4

「え……きゃっ!?ううっ!」




 俺の呼びかけは間に合わず、彼女の背後から覆い被さってきたアメーバ状の物体が、サクラちゃんの衣服を溶かしながら、その身体を締めつけていく。


 間違いない。コイツは下級クリーチャーの“スライム”だ。ゲームなどでは定番の雑魚キャラではあるものの、こうして実物と対峙してみると意外と厄介だ。伸縮自在に全身を広げて、相手に密着してくると、触れたものを溶かす性質まで持ち合わせている。




「ユウトさん……い、息が……!」




 感心している場合ではない。


 この間にもスライムは、彼女の四肢や首を締めつけている。まるで、、人間の急所を知っているような動き、このままではサクラちゃんが窒息してしまう。




「大丈夫!今、助ける!!」




 とは、言ったものの……どうする?

 こうして、へばりつかれていては直接攻撃を加えようとしても、彼女の体こと傷つけてしまいかねない。

 無理矢理、手で引き剥がすのもダメだ。奴には、融解能力がある。下手に手を出せば、こちらまで危機的状況を招いてしまう可能性がある。


 何とかして、スライムだけに攻撃を与える方法があれば……いや、待て。あるかもしれない。




 光剣クラウ・ソラスから白い刃を創り出した俺を、サクラちゃんは緊張の面持ちで見つめていた。




「ユウト……さん?」



「サクラちゃん……俺のことを、信じれる?」



「……はい、信じます!好きなように、やってください」




 大体、俺が何をしようとしているのかを察してくれたのか、彼女はこちらを見て力強く首を縦に振ると、決意したように静かに瞳を閉じた。




「……ありがとう」




 殺気を全く込めない活人の白い刃なら、悪しきものだけを斬ってくれるはずだ。とはいえ、絶対に成功する保証もない。

 サクラちゃんだって、人間だ。多少なりとも心の中に悪意は存在しているはず。むしろ、それが普通の人間のあるべき姿。何も、おかしくはない。


 ただ、もし、その僅かな悪意にすら光剣クラウ・ソラスが反応してしまったら……だが、やるしかない。彼女自身は覚悟を決めてくれたのだ。

 ここで、俺が日和ひよってしまうわけにはいかない。





「うおおおおおっ!!」




 俺も意を決して、ついに白の刃をサクラちゃんを捕獲したスライムに向けて、振り下ろした。




 ザシュッ!!



 すると、見事にスライムのみを斬り裂くと、彼女はふらっと俺の身体に倒れかかってきて、必死に呼吸を整えた。




「はぁっ!はぁ……はぁ……ありがとう……ございました……助かり……ました」



「しゃ、喋らなくていいから!ゆっくり、深呼吸して!?」




 助言に従ってくれたのか、俺の胸の中で深い呼吸を何度か繰り返していくサクラちゃん。

 見たところ、目立った外傷は無さそう……だったが。


 スライムのせいで彼女の着衣は、半分以上の面積を失っており、大変な姿になっていたことに気付く。これは、ヤバい。色々な意味で。



 慌てて、バッと彼女の体を手で遠ざけると、俺は着ていたジャケットを脱いで、明後日の方向に目をやりながら、それを差し出した。




「と、とりあえず!これ、着て!!その格好だと、ちょっと刺激が強すぎるので……はい」




 一瞬、キョトンとしたサクラちゃんだったが、すぐに自分の全身に視線を落とし、全てを理解すると、すぐに俺のジャケットを受け取って、袖を通してくれたようだ。




「す……すみませんでした!全然、気が付かなくって……あの、その」



「いいや!サクラちゃんが謝ることじゃ、ないから。多分、ダンジョンから出れば衣服も元通りになるはずだから……それまで、そのジャケットを使って?」



「ありがとうございます……ホントに、自分が情けないです。スライムの気配にすら、気付けないなんて」



「大丈夫、大丈夫!俺も、全く気付けなかったから。あの不意打ちは、卑怯だよ。あのスライム、スライムの中でもエリートなんじゃない?多分」




 ふと俺と目が合うと、彼女はクスッと笑みを見せてくれた。多少は、元気を出してくれたかな。




「ユウトさんは、優しいんですね。誰に対しても……こんなに、優しかったりするんですか?」



「えっ……?」




 いや、キミにだけだよ……なんて、言ってみたいけど言えるわけねぇ!




「あ……ご、ごめんなさい!変なこと、聞いちゃって……そろそろ、行きましょうか?」



「え……ああ、うん!そうだね。出発しようか」




 くぅ〜。俺の周りの女の子って、ほとんど冒険者だからか男っぽい性格の子が多いんだよな。

 こういう“ザ・女子”みたいなタイプは新鮮で、ドキドキしてしまう。


 しかし、今回ばかりはアスカとモモカちゃんが一緒にいなくて助かった。

 もし、さっきみたいな状況を見られてたら、ボロクソに言われていたのが目に浮かぶようだ。




「あの……ユウトさん?」



「ん、どうした?サクラちゃん」



「あの……“サクラ”で、良いです。呼び捨てで。その方が、仲が深まった気がしませんか?」




 上目遣いで、照れながら話す彼女の破壊力たるや。これは、箱入り娘にしておきたい父親の気持ちも分かってあげられる気がした。








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