LV2「合わせ鏡の回廊」・3

 しばし進んだ俺たちは、疲弊したサクラちゃんの精神力を回復させる為に、安全そうな場所で小休止をしていた。このダンジョンが、どれぐらいの広さかは分からないゆえ、制限時間の不安こそあったものの、休息する選択をした。この後には、ボス戦も控えているだろうし、万全な状態に近くしておいた方が良いと思ったのだ。




「良い感じに、敵も倒せてたね。コツを掴んできたんじゃない?攻撃術」



「はい。でも、無理に数を撃ってしまうと、すぐに精神力が削られてしまって……まだまだですね」




 やはり、人を癒したりする救いの奇跡が【聖女】元来の性能なのだろう。敵を直接的に罰する術式では、負担も大きいのかもしれない。

 攻撃要員というよりは、自衛目的ぐらいの気持ちで使っていた方が良さそうではある。




「徐々に慣れていけばいいよ。それより、アスカたちの方は大丈夫かな?下手に連絡して、もし戦闘中とかだったら、邪魔になるだろうし……」



「あの二人なら、大丈夫だと思いますよ。アスカさんは、当然の強さですし……モモカちゃんの、ユニークスキルも凄いですから」



「うん。強さの面では、俺も全く心配してないんだけどね……連携的な意味で、大丈夫かな〜?って」



「あ〜……そうですね。モモカちゃん、一方的にライバル視してたからなぁ。アスカさんのこと」





 仲を深めるのが、このダンジョン攻略の目的でもあるのに、溝が深まってしまったら元も子もない。

 大人っぽそうに見えて、意外と怒りの沸点が低かったりするからなぁ……アスカ。心配だ。


 俺が色々と思案していると、サクラちゃんが尋ねてきた。




「えっと……ユウトさんのご両親、冒険者なんですよね?アスカさんに、聞きました」



「え。あ、うん……“も”って?」



「実は、私の亡くなった母も冒険者だったんです。『エクスプローラー』の立ち上げメンバーで、その時にオーナーである父と恋仲になったと聞きました」



「冒険者だったんだ!?じゃあ、サクラちゃんが冒険者を目指してるのって……お母さんの影響?」




 彼女は首にかけていたロケットペンダントを開けて、綺麗な女性の写真を眺めていた。

 きっと、母親の写真だろう。アクセサリーとして、肌身離さず身に付けていたのだ。




「そうです。私が幼い頃、レベル1のダンジョンとかに、良く連れて行ってもらってて……ピクニックみたいで、楽しかったなぁ」




 いやいやいや。レベル1とはいえ、クリーチャーが出現するようなダンジョンでピクニックて……相当、破天荒なお母さんだったんだな。

 過保護気味のお父さんに比べたら、まるで正反対の性格だ。だから、惹かれあったのか?逆に。




「それで、ダンジョンに潜る楽しさを知った……と」



「はい。そんな感じに自由奔放な性格な母だったので……ある日、ゲートブレイクでダンジョンから逃亡したクリーチャー掃討のミッションに半ば強引に参加して、命を落としてしまいました」




 ゲートブレイク……攻略されずに放置されたゲートから、中にいる魔物クリーチャーたちが現実世界に侵攻してくる現象。

 ダンジョンの中とは違って、こちらの世界では死んでしまったら二度と生き返ることは出来ない。実際に、何度か起きた史実は習っていたが、サクラちゃんのお母さんが参加していたとは。


 当時を思い出したのか、一瞬だけ言葉に詰まるも、彼女は頑張って笑みを見せながら話を続けた。




「父は、私に跡を継がせたいからと言っていましたが……本当は、私に母のようになってほしくないと願ってるからじゃないかと思ってるんです。あの時、母を引き止められなかったことを、今でも後悔しているようでしたから」



「なるほど……そういう過去が、あったんだね。それは、お父さんの気持ちも分かってあげられるかもしれない」



「はい、私もです。でも……それでも、私は母のような冒険者になりたいから」



「サクラちゃん……」



「母は、自由な人でしたが勇敢な人でもありました。ゲートブレイクを止めに行ったのも、現地にいる一般の人々の命を守りたいからだと言ってた記憶があります。誰かの為なら、どんな危険をもかえりみない立派な冒険者でした。私が、今でも……一番、尊敬している人です」




 サクラちゃんの性格上、何で冒険者になりたいんだろうと不思議に思っていたけど、亡き母親への強い思いがあったのか。

 命を賭して人々を救った母を持つ娘のスキルが、人々を救うことに特化した【聖女】とは、血筋なのか運命なのか。




「なろう、冒険者に。それだけ、熱い思いがあれば……きっと、なれるよ!」



「あ、ありがとうございます!すみません、昔話を長々と。ユウトさんだと、話しやすいせいか。つい」



「ううん。聞かせてくれて、嬉しかった。少しでと、サクラちゃんのことが知れて良かったよ」



「あ、あの……」




 突然、顔を真っ赤にして顔を伏せてしまう彼女。


 やばい。ちょっと言い回しが気持ち悪かったか?

 もっと、キミのことが知りたいな……とか、変な風に勘違いされたとか!?




「ち、違うんだ!さっきのは、変な意味ではなく……!!」




 必死に弁明を始めようとすると、サクラちゃんの背後に、天井からボトッとアメーバ状の物体が降ってきた。彼女は、それにまだ気付いてないようだ。




「サクラちゃん!後ろに、何かが……早く、こっちへ!!」

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