第 10 章 龍宝姉妹の挑戦

雷神八極拳

 人工島にある小さな森で、二人の女性に見守られながら、站椿たんとうという特殊な立ち方で、体内にある丹田という部位から気を練る鍛錬を行う植村ユウト。

 それは、自然界に干渉する特訓の一環だった。


 そんな様子を見守っていたアスカは、隣に立っていた若い女性に話しかける。




「どうですか?先生。彼は」



「アスカの言ってた通り、基本的な“気”の使い方はマスターしているようね。彼になら、私の“雷神八極拳”を伝授しても良いでしょう」




 植村の足下からバチバチッと電流が放出されているのを見て、彼女は彼と雷気らいきとの相性をすぐに見出した。一度、雷のエネルギーに干渉したことで、気が作用しやすくなっていたのだろう。



 夏休みが明け、平常運転を始めていた“冒険者養成校ゲーティア”。新学期を迎えていた植村ユウトは、アスカに紹介された師のもとで、新たな武術の習得にいそしんでいた。



 新たな師の名は、竜胆りんどうエリカ。

 ユニークスキル【隔世遺伝】によって、高名な武術家だった前世の記憶を受け継いでいる。

 その為、見た目は“冒険者養成校ゲーティア”の生徒かと見紛うばかりの若さでありながら、中身はれっきとした武術の達人というギャップのある人物であった。




 鍛錬が落ち着き、ゆっくりと息を整えていた植村にアスカが近寄って声をかけた。




「どう、良い感じ?ユウト」



「いや……正直、よくわかんない。これで、自然エネルギーが上手に扱えるようになるってこと?」




 その疑問に答えたのは、アスカの後にやって来た竜胆エリカだった。




「心を鎮めて、自然の声を聞き、一つとなる。基礎的なことですが、最も重要な修練よ」



「先生。どうでしょうか?俺に、拳法を教えてもらえますか!?」




 これは、一種のテストであった。


 竜胆エリカにとっては、三年間しか教える期間が無い為、素養のない者の弟子入りは拒んでいた。それは生徒に無駄な時間を過ごさせまいという彼女なりの配慮でもあった。

 しかし、合格したのが“七海アスカ”しか現れず、いまだ彼女の弟子は一人しか現れていなかったのだ。

 竜胆の教える武術は、存在していた。


『八卦掌』に風の気を纏わせた、“柔”の武術……『風神八卦掌』。


『八極拳』に雷の気を纏わせた、“剛”の武術……『雷神八極拳』。


 この、二つである。


 風気と相性の良かった“七海アスカ”は、『風神八卦掌』を学んでいたが、『雷神八極拳』の教え子は空位のままだった。

 そこで、アスカが推薦したのが“植村ユウト”だったのだ。




「日頃から、よく練られているのを感じた良い“気”だった……貴方の力は、私に似てるわね」



「先生と似てる……ですか?」



「そう。私も前世の記憶があるお陰で、およそ人が一回の人生で得られる以上の経験値を得た。貴方の技術もその年齢で、一生を賭けても到達できるかどうかの領域に、何度か足を踏み入れている……きっと、私と同じ類の力なのでしょう」




 見た目は、俺たちと同い年ぐらいの幼なさだというのに、まるで全てを見透かしてるかのような眼力。前世の記憶があるということは、俺と同じ転生者のようなものなのかもしれない。

 そういう意味では、確かに似ているといえるだろう。




「え、えっと……では、これから色々な技を伝授してもらえるということですか?」



「それは、追々おいおいね。しばらくは、さっきの站椿たんとう訓練を、地道に続けていくことになるかしら」



「なるほど。でも……そのペースで、間に合うんですか?三年間の、訓練期間」



「武芸で最も大切なのは、基礎を学ぶこと。“気”のコントロールなんかは、特にね。逆に言えば、基礎をマスターできれば、如何様いかようにも応用が出来る」




 七星剣術の師匠とは正反対の方針だ。向こうは効率重視で、積極的に型を伝授していくスタイル。

 こちらは徹底的に基礎を学ばせて、土台を築かせていくオールドスタイル。

 両極の師匠に教わる方が、かえってバランスが良いのかもしれない。


 俺より先に竜胆先生に師事していたアスカが、その効果を説明してくれた。




「私も、最初は不安だったけど……ある程度、“風”をコントロール出来るようになってからだと、新しい技の修得がスムーズになって成長も早かった。だから、大丈夫だと思うよ」



「そうなんだ?やっぱり、基礎は大切なんだな」




 そう言って、アスカは同じく站椿たんとうの立ち方になって、ゆっくりと両手を回すと、周囲の風が彼女に集まって、渦を作り出していく。




「こんな風に……ね」



「おおっ!すご……!!」




 アスカのデモンストレーションを見て感心していると、先生がポンと俺の肩に手を置いた。




「そういうことです。あれだけ、扱えるようになれば、あとは応用するだけ。私が、模範演舞を何回か見せるだけで、すぐに再現できるようになるでしょう。その段階になって、ようやく“技”を洗練させていくフェイズに突入していくの。もちろん、センスが無ければ辿り着けない境地ではあるけど、貴方になら出来るでしょう」



「は、はい!これから、よろしくお願いします!」



「うん。良い返事……これから、よろしくね。植村ユウトくん」




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