勇者

 ピキピキピキッ




 キマリスの両足を纏っていた炎が、氷漬けにされると浮力を失い地上へと落下する。


 窮地を救われた一角がチラリと下に視線を移すと、氷上を滑るモモカの姿が見えた。

 そう、彼を救ったのは彼女の【凍結】だった。




「よし!落とした!!」




 地上に墜落した敵の様子を伺っていたモモカだったが、一瞬で体勢を立て直したキマリスが強靭な脚力で、足の氷を強引に砕きながら走って来る。




「げっ!フリーズ・アロー!!」




 スケートで逃げながら、無数の氷の矢を牽制で放つモモカ。しかし、キマリスは口から火の玉を吐いて、その氷撃を溶かしていく。

 そして、再び足に炎を灯すと、その推進力を持って、逃げ回る彼女を射程に捉えた。


 持っていた槍をモモカに伸ばすが、それを疾風のように飛び込んできた黒い影が阻止する……藤村ロイドだ。そのまま、何度か攻撃を交えると、キマリスは急にバックステップをして距離を取った。

 そんな悪魔と入れ替わるようにして、藤村に襲いかかっていったのは、なんと混乱状態に陥った“牛久ダイゴ”だった。




「……牛久様。お気を、確かに!」



「…………」




 藤村の言葉にも、無反応で打撃を打ち込んでいく牛久。老獪な執事はそれを冷静に捌くも、下手に反撃も出来ず完全に足止めをされることとなった。


 しかし、横目で通り過ぎていく【勇者】の姿を確認すると、藤村は牛久の気を引きつけておくことに注力すると決めた。




 ついに、背負っていた自らの専用武器に手を掛け、それを抜いてキマリスに攻め込んでいく“天馬カケル”。


 それはレベル5の秘宝、聖剣『カレトヴルッフ』。

 通常時でも多数の特攻効果を有する非常に強力な武器だったが、天馬の“生ける伝説”によって、その輝きは更に増幅する。

 彼が持つことによって、それは一時的に伝説の聖剣『エクスカリバー』へと進化するのだ。




 バシュッ!!




 敵の手から出された蜘蛛の糸を一振りで斬り裂いて回避すると、キマリスの懐に飛び込む天馬。




 ギン!ギン!ギン!




 聖剣の威力は凄まじいものだったが、四体の使い魔の加護を得たキマリスは、そんな【勇者】相手にも互角の勝負を繰り広げていく。




(……予想以上に、強い。この状態のキマリスは、侯爵級の力を軽く超えているか)




 有利を取るため、大技を放とうと距離を取ろうとするが、危険を察知したのか、すぐにキマリスも間合いを詰めて、それを阻止してくる。




「くっ、しつこい。誰か、時間を稼いでくれ!」



「天馬さん!私たちが、やります!!」



「周防さんたちか!頼む、お願いするよ!!」





 ジゴとの戦闘を終えた傭兵部隊が合流してくると、京極の蛇咬鞭じゃこうべんがキマリスの足首を掴み、西郷の放った出刃包丁が敵の喉元に向けて飛んでいく。その隙に天馬は後退し、大技の準備を開始した。


 絡みついた鞭を足首の炎の火力を上げて焼き尽くすと、飛んできた包丁は脅威の動体視力でキャッチする。そこへ次々と生き残った冒険者たちも突っ込んでいくが、彼らを一人ずつ丁寧に打ち崩してくキマリス。

 戦士の見た目を裏切らない圧倒的な対人戦闘能力。それなりに経験を積んだベテラン冒険者たちを一人、また一人と捻じ伏せていく。



 一角ツバサ、西郷マサキ、京極セイラ、周防ホノカらも例外では無く、誰も完全体となったキマリスを止めることができない。【断絶】による防御で、何とか致命傷こそ防ぐことが出来たが、気付けば味方部隊は半壊状態にまで追い込まれていた。




「うぐ……くそっ!何や、アイツ……化け物すぎるやろ!!天馬は、まだなんか!?」



「すまない!もう少し……もう少しだけ、耐えてくれ!!」




 敵の力量を肌で感じた天馬は、生半可な一撃では決めきれないと判断したのか、念入りにオーラを練っていた。最後の一撃で失敗するわけにはいかない。多少、時間がかかろうとも、準備を怠ることは出来なかったのだ。


 そんな彼の時間を作るべく、波状攻撃を始めたのは、鹿沼レナのオートボウガンと、七海アスカのライフルによる中距離射撃の弾幕。



 そんな彼女たちに向けて、キマリスはふうっと大きな紫色の泡玉を吐き出した。




「これは……鹿沼さん、危ないかも!下がって!!」




 慌てて後退しようとする二人を追尾させるように、キマリスは念動力を使って泡玉バブルボールを高速で弾き飛ばすと、彼女らの近くで破裂させる。

 それは、七海が危惧していた通り、疫病効果をもたらすブレスの塊だった。泡玉の飛沫しぶきを受けた二人は、急に身体が重くなり、動く気力も失せていく。



 倒れる二人に向けて、周りに落ちていた冒険者たちの武器を念動力でフワリと浮かすと、その全ての切先を彼女らに向けた悪魔侯爵。その全てが射出されれば、今のアスカたちは一巻の終わりであろう。




「七星剣術・一つ星!貪狼ドゥーべ!!」




 その時、植村ユウトから放たれる一閃の衝撃波が、敵の念動力を中断させる。敵の隙を伺いながら後方待機していたが、満を辞して前線に上がってきたのだ。

 直撃した貪狼ドゥーべによって、キマリスが怯むと宙に浮いていた武器群がバラバラと地面に落下していった。




「三つ星!禄存フェクダ!!」




 続け様に距離を詰める技を放ち、攻撃と共に植村は一気に敵の間合いへと飛び込んでいく。






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