バスの中にて

「おめでとう!みんな!!」



「何を、他人事みたいに。マコトも、おめでとうだろ?ロークラスAの一員なんだからさ」



「あっ、うん!えへへ、そうだったね。ありがとう、ユウト」




 帰りのバスの車中で、俺はマコトとビデオ通話を交わし、結果報告を兼ねた安否確認をしていた。

 五体満足で戻って来れるとは頭の中では理解していても、実際に姿を見るまでは安心できないのが人間のさがというものだ。


 マコトをはじめ、途中リタイアした生徒たちは一足先に元の生活へと戻っていたらしい。島で過ごした一部始終は、先生らを通じて本人たちに伝えられたようである。

 映像の彼はジャージ姿に木刀を手にしていて、剣の稽古を再開していた。俺たちが心配するよりも、当の本人たちは既に前を向いて歩き始めていたというわけだ。




「んじゃ、また寮で。その時、土産話をこれでもか!ってぐらいに、聞かせてやろう」



「あははっ!いいね、楽しみにしてる。それじゃ、またね〜!!ばいばーい」



「おう。またなー」




 マコトとの通話を切ると、隣で一部始終を聞いていた月森さんが話しかけてくる。ちなみに、バスの席順は、行きと全く同じ配置であった。




「元気そうで、良かったね。上泉くん」



「うん。自分がリタイアした理由も聞いてるはずだし、もっと落ち込んでると思ってたけど……やっぱ、マコトも冒険者だったんだな。心が強いよ」



「そうだね。あ!そういえば……アレックスさんは?」



「えっと、外傷は無かったみたいなんだけど……やっぱり、栄養失調気味だったらしくて。今は、都内の総合病院で点滴を打たれてるんだって」




 俺らなんて五日やそこらの無人島生活でも、キツかったのだ。それを約一年もの間、繰り返していたアレックスさんは、もはや遭難者のようなものだ。

 むしろ、栄養失調程度で済んで良かったまである。




「一度、みんなでお見舞いに行けたらいいね?色々と、お世話になった人だし……」



「実は俺も、行こうと思ってたところなんだ。みんなで行けば、きっとアレックスさんも喜んでくれると思うよ」



「うん!帰って落ち着いた頃に、行けそうな人に声をかけてみる」




 そういえば、アレックスさんは、これからどうするつもりなんだろう?帰国するにしても、日本に残ってくれるにしても、冒険者は続けて欲しい。

 それは、あくまで俺個人の願望なのだけれど。


 そんなことを考えながら、周囲を見渡すとチラホラと空席が見える。心臓部の最終決戦で、マコト以外の犠牲者も少なからず出ていた。その生徒たちが座る予定だった席だろう。

 もちろん、今は元気に活動を再開させているものの、行きよりも少し静かな車内に若干の寂しさを感じたのも確かだった。


 残っていた生徒たちも、疲労が溜まっていたのか、みんな死んだように眠っている。




「植村くんは、寝なくて大丈夫なの?」



「ん〜、そうだね。寝ておこうかな」



「それが、いいよ。頑張ってたもんね。疲れたでしょ?」



「それは、月森さんもでしょ?お疲れ様だよ、本当に」




 最後に生徒たち全員に教員から配られた気持ちばかりのスポーツドリンクを、くいっと飲むと、バスの明かりが少しだけ暗くなる。寝ているみんなを感知して、気を遣ってくれたのだろうか?

 無人バスのAIは、こんな気配りまで出来るのか。





「これは……寝ろってことなのかな、ふふっ。一緒に、寝ようか?」



「えっ、そ……そうだね」




 一緒に寝ようか?に、変な妄想を膨らませてしまった……いかん、いかん。

 俺は、なるべく動揺した様子を見せないようにして、彼女に返事をした。




「ん〜……でもなぁ」



「どしたの?やっぱ、眠れないとか」



「私、枕が無いと寝れないタイプなんだよね」



「枕?さすがに、持ってきてないなぁ……ネックピローぐらい、持ってくれば良かったか」




 すると、月森さんは珍しく悪戯いたずらっぽい笑顔で、俺の肩をつんつんと人差し指で突いてきた。




「あっ。ここに、あったかも……ちょうど良い硬さの枕」



「えっ!?つ、使います?無料で、貸し出せますけど……」



「良いの!?じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな……?」




 てっきり、冗談かと思ったが、彼女は俺の肩にそっと頭を預けてきた。


 全然、良いんだけど……めちゃくちゃ、ドキドキするんですけど!?俺が、寝られそうにないぞ。


 でも、月森さんがこういうことをしてくるなんて、意外というか。それだけ、俺に気を許してくれるようになったということだろうか?だとしたら、嬉しい。




「あの……痛くない?大丈夫?」



「ぜ〜んぜん、平気!全体重、預けちゃっていいですから」



「ありがと……勇気を出して、良かった。へへ」




 息が掛かるような距離で、そんなことを言われると意識せざるを得ないんですが!?

 もしかして、月森さんって俺に気が……いやいや、待て待て。調子に乗るのは禁物だ。


 何せ、俺は恋愛経験が圧倒的に皆無なのだ。

 こういうことぐらい、友達にする人だっているかもしれないだろ。落ち着け、植村ユウト!



 俺の脳内がパニックに陥っていると、隣から静かな寝息が聞こえてきた。やはり、彼女も疲れていたのだろう。あっという間に、寝てしまった。

 チラリと見る彼女の穏やかな寝顔を見て、俺も余計なことは考えずに眠ることにした。





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