LV3「ダンジョン・アイランド」・26

 俺はビショビショに濡れたジャージの端を手で絞りながら、一足先に陸に上がると騒ぎのあった方へと様子を見に行く。


 騒ぎの中心では、男子生徒複数に抑えつけられ、地面に這いつくばらされている霧隠くんの姿があった。




「な、何の騒ぎだよ。これ!?」



「ん……お前こそ、何をそんなに濡れているんだ?」



「それは、まあ……色々、あったんだよ。それより、今の状況は?」




 俺が、その場にいた三浦に事情を伺おうとすると、霧隠くんを抑えつけていた男子の一人が代わりに説明してくれた。




「俺は、見たんだ!コイツが、ミドルクラスの逃亡を手引きしていたのを!!」



「えっ!?逃げられた……って、こと?」



「そうだ。俺が気づいた時には、奴らは森の中に入って行ってしまったところで、止めることが出来なかった。だが、そこにいたコイツは何もせず、奴らを見送ってたんだ!」



「そんな……逃したのは、事実なの?霧隠くん」




 俺が尋ねると、彼は不敵に笑いながら返答した。




「ああ、事実だ。俺が、奴らを逃した」



「この野郎!やっぱり、裏切り者だったのか!!最初から、信用できないと思ってたんだ」




 エキサイトした男子の一人が、霧隠くんの顔を地面に押しつけた。よく見ると、彼は試験迷宮クノッソスで霧隠班だった生徒だ。

 あの時も見捨てられてたようだし、不信感が溜まっていたのだろう。




「お、落ち着いて!でも……何で、そんなことを?霧隠くんに、メリットでもあるの!?」



「……ミドルクラスの中には、トップギルドにコネのある生徒も多いんだ。ここで恩を売っておけば、あとあと俺の良い噂を広めてくれるかもしれないだろ?」



「そんな……」




 俺の質問に答えた霧隠くんに、ついに怒りが頂点に達したのか、先程の男子生徒が叫んだ。




「こんな自分のことしか考えてない奴と、一緒にはやっていけない!ここで、追放すべきだ!!みんなも、そう思うだろ!?」




 男子の圧力に同調し、一緒に取り押さえていた生徒たちも頷き返すと、それを制するように三浦が前へと出て行った。




「まぁまぁ、落ち着け。もう少し、霧隠から話が聞きたい」



「これ以上、何を話すことがある!?さっき、コイツが白状したのが全てだろ!」




 怒号を無視して、霧隠くんの前に腰を下ろした三浦は、ジッと彼の目を見つめながら、尋問を始めた。




「ミドルクラスの連中には、こちらの情報をどこまで渡した?ただ、逃しただけじゃないだろう」



「……あの山にある、臓器の場所のことは話した」



「あとは?」



「……それだけだ」




 その尋問を聞いていた他の男子たちにも、段々と怒りが伝染していく。




「コイツ、こっちの情報まで売ってたのかよ!どうする?この間に、奴らに先を越されたら……俺たちも、出発を早めないと!!」



「……いいや。その必要は無いだろう」



「はぁ!?何でだよ!このままじゃ、ミドルクラスの奴らが攻略しちまうかもしれないんだぞ!!」



「売った情報は、山にあった臓器のことだけ。つまり、二つの洞穴のことは、喋ってないってことだよな?霧隠」




 三浦が聞くと、少し間を空けて彼は答えた。




「ああ、そうだ……そういや、ウジャウジャと魔物クリーチャーが待ち構えているってことも、伝え忘れちまったな」



「ふっ……なら、安心だ。俺たちの攻略は、予定通り。明日、出発とする」




 自己完結して不敵に笑う三浦に、状況が理解できない男子生徒たちが食ってかかった。




「何が、安心なんだよ!俺たちにも分かるように、説明しろよ!!」



「……おそらく、兄貴たちは残る戦力を総動員して山の攻略に当たるだろう。奴らに、あの断崖絶壁を渡る手段があるのかどうかは分からんが、ミドルクラスの連中なら一人や二人、渡る手段を持ってる者ぐらいはいるはずだ」



「そうだよ!だから、ヤバいんじゃないか!!」



「だから、落ち着けと言ってるだろ。PKされて分かったが、奴らの中には取り立てて強力なスイーパーは存在しない。オマケに、相手方のエースだと思われた柳生も、植村が倒してしまった」




 確かに、他に強い生徒がいるなら、あの三浦の兄がPKに使ってこないわけがない。飛び道具主体の構成にしていたのも近接戦闘に長けた冒険者がいないせいだったのも、あるのかもしれない。




「つまり、何が言いたいんだ?」



「まだ、分からんのか。今のアイツらが、上位種の巣窟となっている、あの心臓部を攻略できる可能性は極めて低いということだ。兄貴の知略を駆使しても、いいとこ敵戦力を減らすことぐらいしか出来ないだろう。しかも、肝心の“敵がいる”という情報は知らされてないわけだしな」




 三浦の言う通り、地上の魔物たちはどうにか出来ても、厄介なのは飛来してくるワイバーンの群れだ。あんな場所で一斉に上から襲われれば、何の準備も無しでは抵抗する手段がない。




「ま、まさか……」



「そう。その、まさかだ」




 三浦に、そこまで言われて、ようやく男子生徒は霧隠がミドルクラスを逃した真の意図に気付いたようで、静かに彼の拘束を解いたのだった。

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