LV3「ダンジョン・アイランド」・21

 考えないようにするということは、その時点で考えてしまっていることである。


 光剣クラウ・ソラスの柄を握った俺の手が硬直して、動けなくなる。心なしか、症状が悪化しているようにも感じた。心配しすぎたのが、逆効果として表れてしまったのかもしれない。


 トロールは、すぐそこまで迫って来ている。


 くそっ!想定していた最悪の展開に、なってしまった。何とか、しないと……!!




「はぁっ!!」



 その時、急に俺の前に躍り出た神坂さんは、光の足場を作って強く踏み込むと、加速する反動を利用して、トロールに向かって高くジャンプする。



「神坂さん!?」



 次に、彼女はトロールの左斜め上の何も無い空中へと右足を突き出すと、そこにも光の足場が出現して、更にその蹴りに加速の反動を与える。


 まるで、ピンボールの球のように光の足場で連続加速された神坂さんの右足は必殺の蹴りとなって、敵の太い頸動脈へと突き刺さった。




「オオオオオオン!!!」




 トロールの巨体がグラつき、けたたましい叫びと共に倒れていく。それだけ、重い一撃だったということだ。


 これが、神坂さんが密かに修得していたという“トリッキング・アーツ”というヤツだろうか。

 確かに、彼女の【韋駄天】が作り出す“光の足場”と相性が抜群のようだ。それによって、威力が増大してるように感じる。


 それにしても、あの動き。とても、少し前まで格闘技未経験だった人間のものとは思えない。さすがは、アスリートの身体能力というべきか。




「よし!うまく、いった!!」




 練習通りの動きが出来て満足だったのか、思わずガッツポーズを取る神坂さん。

 しかし、倒れたトロールが再び立ち上がって来ようとしていた。


 さすがは、上位種。普通の魔物クリーチャーだったら、さっきの一撃で決まっていたはずだが、そうはいかなかったらしい。

 守るどころか、守られてどうする!?

 剣がダメなら、原点に帰るまでだ。




【虚飾】が、【近接戦闘(格闘)】rank100に代わりました




 立ち上がってくる敵を警戒して距離を取った神坂さんと入れ替わるようにして、今度は俺が前へと踏み込んで行く。

 その踏み込みに“蓮見エリザ”さんとの試験で身に付いた動きも取り入れる。地面から、雷のエネルギーが全身を巡っていく。




 ドンッ!!!




 起き上がった敵を勢いよく渾身の体当たりで吹き飛ばすと、今度はピクリとも動かなくなるトロール。

 それは、『鉄山靠てつざんこう天鼓てんこ』と呼ばれる雷神八極拳の技の、雛型ひながたであった。当然、今の植村はそんな技の存在など知るよしもない。




「す、すごい……」



「神坂さん!今のうちに、退却しよう!!」



「あ……わ、わかった!!」




 見回すと、着々と他のトロールからの包囲網が完成されようとしていた。一体ずつなら何とかなったが、複数体が相手となると体術だけでは不利となる。

 どうやら、イップスが発動するのは剣だけだったのは救いだったが、ここは逃げるが勝ちだろう。


 神坂さんと手を繋いで、光の階段を今度は地上を目指して下っていく。一時は、どうなるものかと思ったが、空中にいれば安全だ。




 バサバサバサバサッ




 不快な羽音が聞こえ、音のした方に視線を移すと、火口の中から巨大な飛行物体が、まるでコウモリののように何体か飛び出してきた。

 よく見ると、それはドラゴンの姿をしている。

 さすがに俺も、覚えていた。あれは、授業で習った飛竜型の魔物クリーチャー・ワイバーンだ。


 そして、奴らは俺らに向かって、突撃してくる。




「神坂さん!い、急ごう!!」



「了解!飛ばすから、離されないでね!?」




 忘れてた。彼女の本職は“ランナー”だった。


 だが、逃げ遅れればワイバーンたちの餌食になってしまう。必死に、ついていくしかない。




「キエエエエエエッ!!!」




 耳をつんざくような鳴き声が、すぐ後ろから聞こえてきた。間違いない、すぐそこまでワイバーンが迫ってきている。ブラスターを使えば、牽制ぐらいは出来るかもしれないが、あの数が相手となると焼け石に水だろう。逃走に専念した方が、確実だ。




 ダダダダダダダッ!!!




 階段を駆け降りるようにして、光の足場を伝っていく。さすがに神坂さんのスピードは速かったが、多少は俺に合わせて減速してくれているのだろう。何とか、ついていけている。もしかしたら、この足場の加速効果が俺にも作用してくれているのかもしれない。



 いける!この調子なら……!!




 ゴオッ!!!




 その時、背後から感じる轟音と熱気。

 チラリと振り向くと、ワイバーンの一体が大きな口を開けて、火球を吐き出していた。

 もちろん,こちらに向かって。




「危ない!神坂さん!!」




 このままじゃ、火球に衝突されて丸焦げにされてしまう。俺は一か八か、彼女を後ろから抱えながら、空中にダイブした。




「きゃっ!!」




 さっきまで俺たちのいた場所に、巨大な火球が通り過ぎた。何とか、敵の攻撃は回避できたが、俺らは足場から踏み外れ、真っ逆さまに地上へと落下していく。一難去って、また一難。

 この高さから、この速さで墜落すれば間違いなくリタイアだ。どうする?考えろ!






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