林間学校・2

 かくして、ロークラスAの生徒たちは担任であるひじり先生の誘導で、到着したバスへと乗り込んでいく。学年行事である林間学校には、他の一年クラスも参加のはずだが、それぞれ違う場所から出発しているらしい。絶対、何かあるに違いない。


 バスの座席表は教室と同じと言われた……と、言うことは。




「植村くん。おはよう」



「おはよう。月森さん」




 俺の隣に座るのは、もちろん月森さんだ。

 山田くんや綾小路さんと隣だったら、どうしたものかと思ったが、これで行き帰りの道中は天国ルートが確定した。




「緊張するね。何するんだろう?林間学校って。冒険者養成校ゲーティアだから、普通の行事にはならないだろうし」



「そうだね〜、サバイバルと戦闘はあるだろう……って、ことぐらいかな。今の時点で、分かることは」




 そうじゃなかったら、サバイバルグッズと武器を持ってこい!なんて、言わないだろうからな。

 気になるのは行き先だが……それは例の山田くんが、ぶっきらぼうに聖先生に聞いてくれた。




「おい!いい加減、どこへ連れて行くのか教えろよ!!」



「ごめんね、山田くん。公平性を保つ為に、現地に着くまでは生徒たちに何の情報も与えてはならない……という、決まりなの。もう少しだけ、我慢してね」



「あぁ?なんだよ、コーヘーセイってよ。催眠ガスで俺たちを眠らせて、殺し合いでもさせるつもりじゃねーだろうな!?ま、そんときゃ……遠慮なく、やらせてもらうだけだがなぁ!がっはっは」




 うわぁ……俺と同じ発想してるよ。山田くんと思考回路が似てるって、あんまり嬉しくないなぁ。




『これより、バスが発車します。シートベルトを自動装着しますので、ご了承ください』




 シュルッと座っていた椅子からシートベルトが伸びてきて、自動で俺の身体を固定させる。

 便利で安全な機能ではあるが、さっきの話を聞いた後だと、ちょっぴり怖い。


 そして、無人運転のバスは謎の目的地に向かって出発を始めた。なぜか、不思議な高揚感がある。




「ねぇ、植村くん」



「ん……な、何?」




 呼ばれたので顔を向けたが、教室の座席よりも距離が近くてドキッとする。こういう移動の車内で可愛い女の子と隣同士になって、仲良くお喋りするというのは、ささやかながら俺の夢見た青春のワンシーンだっただけに、密かにテンションが上がった。




「それって、『フギン・ムニン』のグッズだよね?植村くんも、好きなの!?」




 彼女が指差したのは、俺が手に持っていたリュックに付けたアクリルキーホルダーだ。彼女の言う通り、先日のライブで入手したグッズだった。デザインがオシャレだったので、付けていた。




「あぁ、うん。植村くん“も”って、月森さんも好きなの?『フギン・ムニン』」



「大好き!デビュー曲も、ヘビロテしてる!!でも、そのキーホルダーって……確か、ライブ会場限定のグッズだよね?」



「えっ、そうなの!?詳しいね。実は、デビュー記念のミニライブを見に行ってさ〜」



「ウソ!?当選したの?植村くん!」




 あまりに驚きの事実だったのか、身を乗り出さんばかりの勢いで、俺に顔を近付けてくる月森さん。

 これ以上、無自覚にドキドキさせないでほしい。




「えっ、うん。まあ……」



「凄い強運だよ、それ!チケットの倍率100倍はあるって、言われてたんだから!!」



「そ、そんなに!?」



「そうだよ。元から注目度の高い二人な上に、今回の会場のキャパが狭すぎるから、落選祭りだったんだって!もちろん私も、その一人」




 そんなに凄まじい人気だったのか、あの二人。

 これは、「最前列で見た」とか言ったら、とんでもないことになりそうだ。黙っておこう。




「もしかして、今年の運を全部、使っちゃったのかもしれないなぁ……あはは〜」



「いいなぁ、うらやましい……」




 そういや、月森さんは有名な冒険者にも詳しかったし、元からテンやナギのことも知ってたのかもしれないな。今度、サインでも貰ってきてあげるか。




「そういえば、今日から配信開始したの聴いた!?新曲の『ギュルヴィたぶらかし』!」



「あっ!あの曲、今日からなんだ?」




 確か、ライブのアンコールで歌ってたカップリング曲だったよな。表題曲だけ、先行配信してたパターンか。あの曲も、打って変わったバラードで神曲だった記憶がある。





「私は、もうダウンロード済み!良かったら、一緒に聴く?」




 彼女は有線のイヤホンを取り出して、片方を俺に差し出してくる。

 この時代では脳内に直接、音楽を流すことが出来るが、それが不便だったり気持ち悪いと思う人も少なからずおり、いまだにイヤホン文化は廃れてはいなかった。だが……そんなことは、どうでもいい。


“女子と片方ずつイヤホン”という、夢シチュエーションを立て続けに叶えようとしている現実に震えていた。本当に、今日で運を使い切りそうだ。


 しかも、この“有線”というのがポイントだ。更に、二人の距離は近くなる。

 周囲には他の生徒たちが、それぞれに雑談している中、俺は彼女と顔を近付けながら、珠玉のバラードをしばしの間だけ聴き入った。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る