第8章 閉ざされた孤島

林間学校・1

 空中戦艦レギンレイヴでの戦いから二週間ほど経ち、冒険者養成校ゲーティアの夏休みも中盤に差し掛かっていた。


 いまだ空中戦艦レギンレイヴの行方や、『万魔殿パンデモニウム』という組織などについては詳しいことが分かっておらず、『ヴァルキュリア』が総力を挙げて調査中とのことだった。



 一方、俺はというと久しぶりに学園に訪れて、他の生徒たちとグラウンドに集合している。

 それというのも、今日から一年生の学年行事である“林間学校”が始まるからだ。


 とはいえ、行き先などは知らされておらず、必須の持ち物に「使用している武器」と「上限千円までのサバイバルグッズ」が通告された時点で、普通の林間学校ではないことは容易に想像できた。


 おやつの上限などは聞いたことはあったが、サバイバルグッズとは何だ?どんな辺境に送り込まれるのだろうか。最悪の場合、デスゲームとか始めてきそうな雰囲気もあって恐ろしい。




「植村くん、久しぶり!」




 ぼーっと一人で集合場所に立っていた俺に、最初に話しかけてきたクラスメイトは、神坂さんだった。


 ちなみに今回は、学園指定のジャージを着用してくるようにと言われてる。さすが、元運動部だけあって同じジャージのはずなのに、彼女の方がオシャレに着こなせている気がした。




「久しぶり。あれ!?少し、焼けた?」



「あ〜。やっぱり、分かっちゃう?一応、日焼け対策はしてたんだけどなぁ」



「どっか、行ってきたの?」



「ううん。これは、トレーニング焼け……かな?」




 トレーニング?陸上部は退部したはずだし、何の練習してたんだろう。まぁ、ストイックな神坂さんのことだ。冒険者ランナーとしても、走りの特訓を積んでいたのかもしれない。




「それは、冒険者のトレーニングってこと?」



「まぁ、そんな感じ。ただ走るだけじゃなくて、少しは戦えるようになっておけば便利かな〜と思って。“トリッキング・アーツ”っていう武術を、習い始めたんだよね」



「え、いいじゃん!でも、“トリッキング・アーツ”って……どんな武術なの?」



「えっとね、アクロバット主体の武術で、テコンドーやカポエラの動きをベースに開発されたんだって。元々、魅せるためのパフォーマンスだったんだけど、それを実戦用に特化させたものが出来たんだよ。私のユニークや脚力とか、活かせそうかなと思って」




 確かに、ランナーが多少の戦闘もこなしてくれると、チームとしての戦術も大きく幅が広がるだろう。言うのは簡単だが、アスリートに特化していた人が、急に格闘技を始めるのは、だいぶ勝手も違うと思われる。それでも、始めるのが彼女の強さだ。


 そんな神坂さんに素直に感心していると、今度は向こうから質問がきた。




「植村くんは!?どっか、出掛けたりしなかったの?」



「ん!?え〜っと……温泉?」




 まさか、首都を守る為に空中戦艦で戦ってたなんて言えるわけもなく、咄嗟に適当なことを言ってしまった。ただ、温泉には入ったし、間違いではない。





「温泉!?渋いね……家族で、行ったの?」



「え?あぁ、うん……そう!家族で。はは」




 言えない。若い女の子二人と混浴した!とか、絶対に言えるわけがない。やましいことは何もしていないが、絶対に軽蔑される自信がある。




「怪しい……もしかして、彼女と行ったとか?」



「ち、違うよ!彼女なんて、いないし!!そもそも」



「ふーん、そっか。作らないの?彼女」



「作りたいと思って、作れたら苦労しませんよ。欲しいけどさぁ……」



「ん〜……気になってる人とか、いないの?」





 気になってる人……か。ふと考えてみると、頭に何人かの顔が浮かんだ。


 いや!何人か浮かんでる時点で、ダメじゃん!!


 好きな人って一人の顔が浮かぶもんだろ、普通。

 もしかして、俺って気が多いのだろうか……。




「今は、いない……かも」



「……そうなんだ。ねぇ、良かったら……私が、付き合ってあげてもいいけど?植村くんなら」



「えっ!!?そ、そそそ……それは」




 超強烈なカウンターを喰らった気分だ。

 朝も早く、少し寝ぼけていたが眠気は完全に吹き飛んだ。神坂さんと付き合えるなんて、夢のようなチャンスだぞ!?


 だが、本当にそれでいいのか?植村ユウト!


 完全なる妄想だが、さきほど頭に浮かんだ女子たちが俺を凶悪な眼光で睨みつけているビジョンに変わった。何なんだろう、この罪悪感は。




「ぷっ、あははっ!冗談だって!!そんなに、慌てるとは思わなかったよ〜。はー、おもしろ」



「じょ……冗談ね。そっか、そうだよね。はぁ〜、びっくりしたぁ」




 プップー!!

「ま……半分、本気だったんだけど」




 最後、彼女が何か言ったように聞こえたが、ちょうど到着したバスのクラクションで、掻き消されてしまう。


 バスの運転席は無人だったが、車窓に貼られていた看板には「冒険者養成校ゲーティア御一行様」と書かれていた。おそらくは、林間学校の行き先へと俺たちを送ってくれるバスだろう。




「あれ……神坂さん、何か言った?今」



「ん〜……別に、何も」




 彼女は一瞬だけムッとした顔になって、ぷいっとそっぽを向けてしまった。

 もしかして、何か怒らせるようなことをしてしまったのだろうか?前途多難な出発だ……。

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