ふぎむに

『彼の肩には、二羽のカラス!ふぎ・むに・ふぎむに!!』



「「「超絶カワイイ!テンちゃん!!」」」



『思考と記憶を、揺さぶらす! ふぎ・むに・ふぎむに!!』



「「「超絶ステキな!ナギちゃん!!」」」



『今日は、あなたが私のオーディン!!!』




 ライブが始まり、ステージ上ではCMの時とは打って変わってテンが赤、ナギが青で統一されたカラスをイメージしたようなアイドル衣装を身に纏い、デビュー曲を歌い踊っている。

 生歌なのに歌唱力もあったし、ダンスもキレがあった。さすがは、冒険者の体幹が成せる技といったところか。


 朝日奈さんに直前まで仕込まれたおかげで、コールも完璧だ。前世では大人しいタイプのオタクでやっていたので、最初こそ恥ずかしい気持ちもあったが、こういう時にバカになって楽しまないのは損だと思い、気付けばノリノリでサイリウムを振っていた。


 ちょうど空も暗くなってきて、客席は赤と青のサイリウムで輝いていた。よく見ると、男女が同じ割合で幅広い客層に受け入れられているのだと分かる。元々は、モデル出身ということもあって、同性からの支持も多いのだろう。



 曲の間奏で、二人がステージを大きく移動して、客席のファンたちに手を振ったり、指をさしたりしている。いわゆる“レス”ってやつだが、こういうのを今まで、アイドルの現場で貰った記憶がない。



 そんなことを考えていると、アイドルっぽくツインテールの髪型にしていたテンが、目の前までやって来た。何度も普通に会って話してるはずなのに、こうして客席から見る彼女は神々しいまでのオーラを放っていた。この場合のオーラは闘気のほうでなく、もちろんスターとしてのオーラのことである。




 てか、こうして見ると……やっぱり、可愛いよなぁ。そりゃ、人気も出るわ。




 そんな彼女に最前席から見惚れていると、バッチリと目が合い……次の瞬間、テンは俺に向かって投げキッスと、片手の指で作ったハートマークをくれた。



 おおお!こ……これが、レスってヤツか!!




 そんなこんなで、次はカップリング曲「ギュルヴィたぶらかし」をサプライズで初披露すると、大盛況のうちにミニライブは幕を閉じた。


 まさか、知り合いのライブで、ここまで熱狂することになろうとは。普通に、ファンになってしまいそうな自分がいて怖い。

 すると突然、隣の中年男性に肩を叩かれる。




「キミ……一体、何者だ!?」



「……は?」




 それは、こっちのセリフ!!


 初対面の人に放つ第一声じゃないだろ!しかも、ここはライブ会場だぞ?


 はっ!まさか、コイツ……『万魔殿パンデモニウム』の人間か!?




「テンちゃんは、男性ファンに対しては塩対応で有名なんだッ!だが、それがいい……じゃなくて!!なのに、なぜキミだけに、あれほどの爆レスをしたのだ!?理由を、説明したまえ!!!」




 全然、違いました。ただの厄介オタさんでした。




「た……たまたまじゃないですかね?デビューライブですし、テンちゃんのサービス精神が出たのかも!」



「いいや!お言葉だが、私はね?彼女たちがモデル時代から追っかけてきた、いわば古参なのだよ。そんな私を差し置いて、明らかに新規のキミなんかにレスなどするわけないだろう!!あの、テンちゃんが」




 普段、どんだけ塩対応なんだよ。テン……てか、この人だけに塩対応なんじゃないか?もしかして。




「いやぁ……俺に、聞かれましても」



「まさか、貴様……テンちゃんのストーカーか!?脅迫して、レスをさせたのだろう?そうか!その最前席も、脅して用意させたのだなッ!!」



「んなわけあるか!話が飛躍しすぎでしょ!!」



「その動揺っぷり……やはり、図星か!みんなぁ!!ここに、テンちゃんのストーカーがいるぞォ!!!」




 厄介おじさんの叫びに、彼のオタク仲間であろう男たちが一斉に俺に対して睨みつけてきた。

 ある意味では、自動人形オートマタ軍団よりも殺意を放っている。


 話が通じる相手じゃなさそうだ。よし、逃げよう。




「あ、用事を思い出した!それでは、これで!!」



 ダダダッ



「あー!逃げたぞ!!警備員、アイツはストーカーですッ!!!捕まえてくれぇ!!!!」




 オタク軍団に追いかけられながら、会場を脱兎のごとく立ち去って行く植村の姿を目で追いながら、警備で立っていた剣持は必死に笑いを堪えていた。

 その様子を横目で見て、蓮見が呆れている。




「ぷくくっ!ストーカーだって。みんなを守った英雄ヒーローなのにね〜、可哀想に」



「そう思うなら、助けてやれ。全く。しかし、まあ……面白い男だな、アイツは」



「おや。少しは、男の見る目が変わりましたか?エリザ氏」



「ん?まぁ……な。アイツだけは、認めてやってもいいかもしれん。フッ」




 そんな二人の会話など耳にすることもなく、植村は必死に男たちから逃げながら、心の内を叫んだ。




「男なんか大っ嫌いだー!助けるんじゃなかった〜!!」




 このあと英雄は、何とか誤解を解いて難を逃れたそうな。今日も、首都は平和であった。







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