脱出

「賢明な判断だ。俺としては、手合わせしてやっても良かったんだが……まぁ、いいだろう」




 みすみす船が奪われるのを逃がしてしまうのは悔しかったが、まずは二人で生還することが最優先だ。


 そこで、俺の背中にいたテンが心配そうな声でささやいてきた。




「本当に、信用していいの?あの人、敵なんでしょ!?変なとこに、連れてかれるんじゃ……」



「そう、かもしれないけど……今は、あの人に頼るしか、ここから脱出する方法が無さそうだ。何かあったら、俺が守るから」



「えっ!?あ……う、うん。そこまで、ユウトが言うなら」




 よく分からないが、俺に危害を加えたくない感じだったし、信用していいとは思うのだが……。




「……話は終わったか?そろそろ、始めるぞ」



「ま、待った!アンタたちは、一体……」




 俺の質問を遮るように、マモンは手首に装着していた黒いブレスレットのボタンを押しながら、俺たちに向けて手のひらを広げた。



 バシュッ!



 それは、レベル4の秘宝アーティファクト『アポート・リング』。対象を任意の場所に転送させることのできる転移系アイテムだった。



 次の瞬間、俺たちがいたのは小ぢんまりとしたコックピットの中だった。これが、脱出艇なのだろうか?というより、俺たちごと転移させたのか!?

 だとしたら、相当な高位の秘宝アーティファクトだろう。




「これで、脱出できる……の?」




 ちょうど二人分のスペースがあったので、背負っていたテンを横に下ろすと、ジロジロと周囲の機械を見回している。




「そのはずだけど……ちなみに、操縦とか出来たりします?テンさん」



「でっ、出来るわけないじゃん!ユウト、出来ないの!?結構、何でも出来るでしょ?」



「こういう専門技術が必要なことは、無理なんだって!どうせ飛ばすなら、自動操縦とか設定しといて欲しかったな……どうすりゃ、いいんだ?」





 その時、二人の間に見覚えのあるドローンが割り込んできた。朝日奈さんの『デルタ・ワスプ』だ。





『二人とも、大丈夫?念の為に、一機をユウトに追尾させてたんだ〜』




 ドローンを通して、地上にいる操縦者の朝日奈さんの声が聞こえる。全然、気付かなかったが光学迷彩ステルスで近くに潜んでいたようだ。何にせよ、ナイスな判断である。




「朝日奈さん!ドローンを使って、この脱出艇を操縦できないかな?」



『大丈夫だよん。これぐらいの小型機だったら、私の【魔術師ウィザード】で操れると思う!』




 彼女のドローンが操縦桿まで移動すると、何やらセンサーのような青い光を照射して……。




「目標地点が設定されました。これより自動操縦オート・パイロットを起動します」




 機械音声が流れると急に揺れ始める船内に、思わず隣にいたテンが俺の肩に掴まってくる。しかし、それも最初だけで、すぐに振動が収まると、前面に展開していた窓から見える景色が、真っ暗闇から真っ青な空へと変わっていく。


 どうやら、ここは戦艦内のカタパルトだったらしい。射出口が開いて、俺たちの乗る脱出艇が静かに降下していく。




『よし!これで、“ヴァルハラ”までが連れてってくれると思う。念の為にドローンはスリープ状態にしておくから、何か異常トラブルがあったら私に通話して』



「了解!ありがとう、朝日奈さん」




 そして、彼女のドローンは自ら収まりの良い場所に移動すると、そのまま機能を停止させて、スリープ状態に入ってしまう。


 作戦開始時からフル稼働させていたからな。もしかしたら、バッテリーとかがわずかなのかもしれない。いざという時に動かせるように、なるべく節電しておきたいのだろう。


 正直、このドローンがいなかったら、永遠にカタパルトにいたままだったかと思うと、咄嗟に俺たちのもとにコイツを飛ばしてくれてたのは、朝日奈さんのファインプレーだったといえる。




「見て、ユウト!上!!」




 彼女が指差す外の景色に視線を移すと、空中戦艦レギンレイヴが遠く離れていきながら、徐々に姿を消していくのが見えた。きっと、光学迷彩ステルスを使ったのだろう。


 この判断は本当に正しかったのか?

 もしかして、とんでもない集団に空中戦艦レギンレイヴを、みすみす明け渡してしまったのかもしれない。




「…………」



「私たち……これで、帰れるんだよね?」



「ん……ああ、そうだね。よほどのトラブルが無い限りは、帰れると思う。“ヴァルハラ”へ」




 いや。この判断で俺は間違っていなかった。

 生きてさえいれば、後で何とでも出来る。今回の最優先事項は、テンを無事に生還させることだったのだから。




「良かったぁ……一時は、どうなることかと思ったよ〜」



「はは……ごめん。あんな大口を叩いておいて、結局は何の役にも立てなくて。悔しいけど、あの謎の敵に感謝しないとだな」




 複雑な心境だが、奴が現れなければ俺たちは戦艦もろとも爆死していたのは間違いない。今回は悪運が強かったと、ポジティブに考えることにしよう。


 しかし、疲れた。何気に長丁場で激しい実戦の経験なんて、少ないからな。最後の大技連発で、かなり消耗していた俺は、ふかふかの操縦シートに背中を預けて、大きく伸びをした。

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