露天風呂・2

 バシャーン



「ふぃ〜!やっぱ、汗を流した後の露天風呂はサイコー!!」



「こら、テン。掛け湯してから入れって、何回言えば分かるんだ?」



「あっ、忘れてた。ゴメン、ゴメン」




 音と声しか聞こえないが、間違いない。


 九戦姫・第八席、“不忍”のテン『忍頂寺テン』。

 九戦姫・第七席、“皆中”のナギ『那須原ナギ』。


 二人が今、同じ温泉に入っている。おそらく、この岩の向こうには裸同然であろう彼女たちがいるのだ。


 ハイパー覗きチャンス!とか、する気も起きない。どうやって、この場をやり過ごすかを、頭の中で試行錯誤するので精一杯だ。


 使えそうなスキルは、【隠密】か。この岩陰で、じっと気配を遮断してれば、彼女たちが温泉を泳ぎ回るような愚行を始めない限り、見つかる可能性は低いはずだ。あとは、のぼせてしまわないかが不安なところだが……。




「ねぇ、ナギ。競争しよーよ!クロール対決!!」




 そうだった。愚行しそうなタイプが、一人いた。

 キミたちは、しょっちゅう露天風呂には入れるんだから、そんなことしなくてよくない?初めての来客なら、まだしもさぁ!




「やらないってば、アホらしい。ホント、いつまで経っても、子供なんだから。テンは」



「うるさいなぁ……ナギだって、ガキじゃん。アニメとか、好きなくせにさ」



「アニメは、全年齢に通ずるコンテンツです〜。そんなに泳ぎたかったら、一人でどうぞ」



「ちぇー、ノリ悪いなぁ。いいよ、ベストタイム叩き出してやるんだから!」




 叩き出さなくていい。ナギも、止めてくれ!その温泉スイマー!!




 バシャバシャバシャ




 くっ、こっちに泳いでくる!待てよ、泳いでるのに集中してたら、バレないんじゃないか?




 なるべく、岩の端まで移動して【隠密】rank100を代替させる俺。あとは、運を天に任せるのみ。


 だが、しばらくして、すぐに周囲が無音になる。

 なんだ?泳ぐのを、やめたのか!?

 気になるが、顔を出して状況を確認するのはリスクが高すぎる。というか、単純に怖くて出来ない。




「そこ……誰か、いる?」




 そのテンの声に一瞬、俺の心臓が止まった気がした。まさか、気付かれたのか?rank100の【隠密】を使ってるんだぞ!?


 いや。テンも、あれから成長してるはず。もしかして、超強力な探知能力を手に入れたとか?



 理由なんて、どうでもいいか。一つだけ言えるのは、“詰んだ”ということだけだ。




 パシャ……パシャ……




 背後に、水の音と共に人の気配が迫ってきているのを感じる。ダメだ、完全にバレている。




「……おや?何してるのかなぁ。ユウトくん」



「ゆ、ユウト?誰でしょうか、その人は」



「この期に及んで、逃げ切れるわけないでしょー……がっ!!」




 そう言って、テンは後ろを向いていた俺の両肩をグンッと掴んで、強引に彼女の方に向かせた。


 ええい!こうなったら、最後に眼福を得させてもらおう!!そして、死ぬッ!!!




「すいませんでしたぁっ……ん?」




 そこに立っていたのは、スポーティーなビキニタイプの水着スイムウェアを着用したテンの姿だった。てっきり、タオル一枚でも巻き付けてるのかと思っていたが、最近の女子は水着で温泉に入るものなのだろうか?




「てってれー!びっくりした?ドッキリでした〜」



「は?え、ど……どういうこと!?」



「ユウトが温泉に入っていくのを見つけちゃって、驚かせてやろうかな〜って。だって、『男湯』の時間だもんね?今」



「知ってて、入って来たの!?」




 これは、思った以上の悪ガキでした。

 こっちは寿命が縮む思いをしたというのに……でもまあ、ドッキリであってくれて良かった。マジで。




「そうだよん。だから、見られても良いような水着を着てきた!似合ってる?」



「はいはい、似合ってる似合ってる。そこまでして、ドッキリしたかったの?」



「ホントは、普通に温泉に入りたかったんだけどね〜。トレーニングが終わった頃には、『男湯』の時間になっちゃっててさー。ライアンは、温泉に入らないからいけると思ってたんだけど、ユウトが入って行くの見えちゃって」



「声を掛けてくれれば、譲ったのに。わざわざ、こんなことをしなくてもさぁ……」




 だんだんと冷静になってきたけど、なんだこのシチュエーション。露天風呂に半裸の俺と、水着姿のテンって。普通に、しゃべってるけど。




「思いついちゃったから、仕方ないよね〜。それにしても、面白かったなー。ユウトが振り向いた時の、顔面蒼白な感じ?」



「おい。こっちの気持ちも知らないで……」




 ジッと睨みつけると、彼女は何を思ったか、すぐに両手で自らの胸の部分を隠した。




「ちょ!あんまり、ジロジロ見ないでよね!!変態ッ」



「見てねー!それに、見せてもいい水着とちゃうんかい!!もう、怒った……ガン見してやる。ぐふふ」



「ちょ!やめろ、バカ!!」




 そんな俺たちの前に、ひょっこりとオフショルダーの白い水着を着たナギが現れて……。




「あの〜……一応、ここにもいるんで。イチャイチャするの、やめてもらえます?」



「「し、してない!!!!」」




 一時はどうなるかと思ったが、なぜだか水着姿の二人と少しだけ混浴することになった。これは、結果オーライ……なの、か?







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