露天風呂・1

 姐さんの個人レッスンを終えて、自分の客室に戻ってきた俺は瞑想しながら、“チャクラ”をコントロールするイメージトレーニングを続けていた。


 結局、俺の“武曲ミザール”は一応の成功はしたものの、全快とまではいかず、こうして修練を続けているわけだ。一日一回しか使ってはならない制約の為、実践練習が一度しか出来ないのはネックだった。あとは、こうして地道に“チャクラ”を操る努力を重ねていくしかない。

 とはいえ、最初からの出来の良さに、姐さんは驚いてくれていた。コツさえ掴めば、作戦当日までには完全成功まで持っていけるとの太鼓判を貰った。


 このまま、ずっと姐さんのレッスンで良いのだが、明日は午前から蓮見さんの個人レッスンがあるらしい。元気になったようで何よりだが、不安だ。



 とにかく……単体攻撃の“廉貞アリオト”、体力回復の“武曲ミザール”。どちらも上位技だけあって、使い勝手の良いものばかりだ。まさか、こんなところで教えを受けるとは思ってもみなかったが、何とか作戦当日までにはモノにしたい。



 ピピピピピピッ



 脳内にアラームが鳴り響く。俺が、セットしていたタイマーだ。この時代は、直接的に目覚ましが鳴り響いてくれるので、どんなに爆音にしようと周囲に迷惑が掛からない良き発展を遂げている。


 姐さんに聞いたところ、ここにある露天風呂は22時になると『女湯』から『男湯』へと切り替わる仕様らしい。随分と遅いが、そもそも男性の数が圧倒的に少ない『ヴァルキュリア』では、用意してくれているだけ好意的な措置といえるだろう。


 アラームが鳴ったということは、22時になったということである。実は、密かに露天風呂に入るのを楽しみにしていた。前世では、ずっと“おひとりさま”だったので、温泉などはハードルが高すぎて、行きたくても行くことが出来なかったからだ。



 俺は、はやる気持ちを抑えながら、リュックの中から入浴セットと着替えを取り出すと、客室から出た。まだ『ヴァルキュリア』の内部施設を、全て把握してるわけではないが、いざとなれば【ナビゲート】で温泉の場所ぐらいは割り出せる。本当に、色々と便利なスキルである。



 温泉に向かう途中で、様々な女の子たちとすれ違って、ちょっとした修学旅行のような気分になる。本当に、女性ばかりのギルドなんだな。全員、冒険者なのだろうか。




 目的地に、到着しました




 そんなことを考えてると、【ナビゲート】のアナウンスが聞こえて、無事に浴場へと到着したのを確認する。分かりやすく、温泉マークの書かれた暖簾のれんが掛けられた入口横には、良い意味で安っぽい観葉植物が置かれていた。絶対、ここだ。




 恐る恐る、入ってすぐにある一本道を歩いていくと、誰もいない清潔感のある脱衣所が広がっていた。

 ひとまず、安心だ。ここで、着替え中の女子でもいようものなら、首都にいる男たちの前に、俺が闇にほうむられてしまう可能性がある。




「22時は、とっくに過ぎてるし……良いんだよ、な。うん」




 そう自分に言い聞かせて、俺は人生初の露天風呂を楽しむことに専念することにした。どうやら、ここの湯は天然温泉らしく、色々な効能があるらしい。

 念の為、腰の部分にタオルだけ巻いて浴場に向かうと……。





「おお〜!!」





 普段は独り言など、恥ずかしくて言えないタイプだが、よく見る“ザ・露天風呂”の光景を目の当たりにして、思わずテンションが上がってしまった。

 改めて、コレがギルドホームにあるという事実が驚きである。俺のギルドも、いつかはアッと驚くようなホームを造ってみたいものだ。


 軽く、お湯で身体を清めて、いざ温泉の中へと足を入れる。少々熱めだが、入れないほどではない。むしろ、本場の温泉っぽくて良い。本場を知らんけど。




「ふぃ〜……」




 いい湯である。今日一日の疲れが吹っ飛ぶようだ。いや、“武曲ミザール”の効果で、すでに吹っ飛んではいるのだけど。こちらは、心までリラックスさせてくれる。


 てか、マジで良いな。せっかくだし、滞在してる間は、毎日のように入らせてもらおう。朝風呂なんかもアリだが、さすがに危険っぽいのでやめておく。





「あ〜、疲れたー!今日は、一段とハードじゃなかった?トレーニング」



「そりゃ、作戦日も近いからね。ラストスパートってとこじゃない?絶対に、失敗は出来ないもん」



「そりゃ、まあ……そうか。大勢の人の命がかかってるもんね。ついでに、『ヴァルキュリア』の命運も」




 待て。非常に聞き覚えのある声が、すぐ近くから聞こえてくるんだが……すごく、よくない予感がする。


 俺は、なるべく音を立てないように遠くの岩陰いわかげへと身を隠す。ここが、広めの露天風呂で助かった。そして、先ほどの声の主、おそらくはテンとナギが浴場に入って来たのを気配で感じる。


 闇に葬られる可能性が、一気に再浮上してきた。








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