神坂ナオ・9

 かくして最高のハッピーエンドで終わりを迎えた冒険者養成校ゲーティアの体育祭。

 最後の『ダンジョン・ラン』で、ロークラスがワンツーフィニッシュを飾ったことで、総合得点でも我ら青組が見事に優勝に輝いた。


 俺的な見せ場としては、二人三脚ぐらいしかなかったが、前世で経験した体育祭よりかは遥かに充実した一日を過ごせたんじゃないかと思う。

 きっと、この日に向けて神坂さんと一緒に努力した日々が、充実した気持ちにさせてくれてるのだろう。やはり、何事にも一生懸命に取り組むということは大事なのだ。


 閉会式も終えて、生徒や観客たちが次々と下校していく中、ようやく解放されたという母親を、俺は待っていた。




 遠目に見えた母さんが、学園長にめちゃくちゃ頭を下げられている。誤解してしまったとはいえ、そこまで謝罪することでもないだろう。

 おそらくは、彼女が【軍神】・植村ミツキだと気付いたのだと思われる。


 しかし、仮にも学園で一番の権力者が、あれだけへりくだるだなんて、どんだけ凄い人物だったんだよ。はたから見られたら、モンスターペアレントに思われそうで怖い。他人のふりを、したくなってきた。



 そんな時、昇降口から本日の主役・神坂さんが逃げるように走ってきた。




「植村くん!お願い、助けて!!」



「は?」




 見ると、彼女の後ろからゾロゾロとスーツを着た男たちが追いかけてきている。さっぱり、事情は分からなかったが、俺は咄嗟に彼女の手を掴むと、校門を出てすぐにあった自販機の裏へと身を潜める。


 余談だが、この時代の自販機は小さいコンビニ並みにメニューが豊富で、学園の電子マネーも使用できるとあって、生徒たちから愛用されていた。




【虚飾】が、【隠密】rank100に代わりました




 rank100の【隠密】は、体の一部が触れていれば、他者も同時に気配を完全遮断できる。もちろん、身を隠す必要はあったものの、これで手を繋いでいる神坂さんと俺の存在は感知されにくくなったはず。


 案の定、キョロキョロと周囲をうかがいつつもスーツの男たちは、あさっての方向へと消えて行ってしまった。





「ふぅ……行ったみたいだね。ありがとう、植村くん」




 礼を言われる彼女との距離の近さに、俺は思わず繋いでいた手を離してしまう。いきなりのことだったとはいえ、大胆なことをしてしまった。




「ど、どういたしまして。それより、何なの?あいつら」



「えっと……色んなギルドのスカウトの皆さん」



「えっ!?何で、スカウトが追いかけてくるわけ?」



「私が、逃げ出したから?断っても断っても、次から次へと違うスカウトの人が来て……しつこい!ってなって、逃げてきちゃった」




 なるほど。最後のレースを見て、視察に来ていたスカウトマンたちが一斉に詰め掛けたってわけか。

 三浦の情報は本当だったんだな。そりゃあ、【神速】を抜き去ったランナーを放っておくわけはないよな。




「なんで、断ったの!?良さそうなギルドが、無かったとか?」



「ううん。みんな、良い契約案を提示してきてくれたよ?中には、五大ギルドの『ヴァルキュリア』から来てくれたスカウトの人も、いたし」



「凄い!えっ、それでも断ったって……まさか、冒険者を辞めるつもりじゃないよね!?」



「それは、続けるから安心してよ。勝ち逃げっていうのは好きじゃないし、明日からは冒険者ランナー活動に専念して、やっていくつもり」




 良かった。でも、冒険者一本でやっていくなら尚更、優良ギルドには所属しておいた方が安心のような気がするけど。




「じゃあ……他に、入りたいギルドがあるとか?」



「うん。実は、そうなんだ」



「へ〜!どんなギルド?有名なとこ!?」



「ううん。今は全然、無名。でも、いずれは……トップギルドになるって、そこのギルドマスターさんが宣言してた」




 凄いビッグマウスだな。怪しそうなギルドだけど、ダマされてるんじゃないか?心配になってきたな……ん!?いや、待てよ。


 そんな大口、つい最近に叩いた記憶があるぞ。





「まさか……お、俺のギルド!?」



「だって、約束したよね?私を、トップの冒険者ランナーにしてくれるって。もしかして、あれ……その場限りの嘘だったり、した!?」



「嘘じゃない!嘘じゃない!!けど……五大ギルドの誘いを蹴ってまで」



「真剣に考えて、出した結論だよ。キミと一緒なら、私も実力以上のモノが発揮できそうな気がするんだよね。私みたいなランナーは、いらない?」




 ぶんぶんと大きく顔を横に振り、違うということをアピールする。いらないわけが、ない。




「是非、俺のギルドに入ってください!!」



「はい……よろしくお願いします!それじゃあ、契約完了だね。じゃあ、ギルマス。早速だけど、団員のお願いを聞いてくれるかね?」



「は、はい?何でしょう!?」



「私、スポーツ推薦で入ったのに部活を辞めちゃったでしょ?だけど特別措置として、いち冒険者として改めて一般入試を受けさせてもらえることになったんだよ。つきましては……その勉強を、手伝ってくれたまえ」



「あ〜……運動一本で、勉強してこなかったタイプね!お安い御用だよ!!」




 途端に彼女はムッとした顔になって、俺の両頬りょうほほを左右の手で引っ張ると「一言、余計だ。こんにゃろ」と可愛く怒りを吐露すると、クスクスと笑った。

 なんか、少し打ち解けたような気がする。




あれ?何か、忘れてるような気が……まあ、いいか。

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