好敵手

 まずは、足場の崩壊から見事に生還してみせた“神坂ナオ”は、超加速を維持したまま先頭の“速水シホ”を目と鼻の先の距離まで捉える。


 しかし、ゴールラインも迫っている。追い抜けるかどうか絶妙な状況に、観客席は熱狂から一転、息を呑んで、その結末を見守っていた。



 ゴール目前で速水の視界に、好敵手ライバルの姿が割り込んでくる。それは、初めての感覚だった。

 一度は抜き去った選手に、追い抜かされる。中長距離やリレーならともかく、真剣勝負の短距離走においては珍しい光景である。


 まさか、それを自分が経験することになるなんて。


“速水シホ”は、もちろん悔しさもあったが、不思議と嬉しさの方が大きかった。

 それはそうだろう、ずっと求めていた自分の存在をおびやかすほどの対戦相手なのだから。


 敵のいないゲームほど、つまらないものはない。

 無双して気持ちが良いのは最初の頃だけで、それが続いていくと、ただの作業ゲーと化していく。


 彼女は、ずっと求めていたのだ。負けるかもしれないスリルを味わわせてくれる者を。



 そして、その存在は真横で身体を前傾に倒して、ゴールラインへと先頭で滑り込んでいった。僅差を制する時のテクニックの一つ、少しでも体の一部を最終ラインへと乗せる為に。



 パン!パン!!



 レース終了を告げる空砲音。そして、二人の視界に順位表示のテキストが表示された。



 Result


 1st NAO KAMISAKA


 2nd SIHO HAYAMI




「はぁ……はぁ……はぁ……」



 全速力でゴールを駆け抜けたあと、徐々にスピードを落としながら走りを緩めていく神坂は、まだ勝負の結果に実感が湧かないでいた。


 突然、宙の上を走って、そこから加速して抜き去ったのだ。当の本人も、色々なことが起こり過ぎていて、まるで夢の中にいるような感覚なのだろう。


 そこで、ようやく放送部の実況音声が耳に入り、彼女は現実へと引き戻される。




『何という凄まじい逆転劇だったのでしょう!その名の通り、奈落の底から這い上がっての怒涛の追い上げを見せた神坂選手が、難攻不落の絶対王者・速水シホに、ついに土をつけたのです!!』




 ワアアアアアアアアアッ!!!




 そして聞こえる大歓声。少しずつだが、勝利の実感が出てきた彼女に、生涯初黒星を喫した絶対王者が近寄ってきて。




「……完敗よ。これで、この学園は卒業できなくなったわね」



「一応、確認だけど……本気は出したんだよね?速水さん」



「それは……私が、遅く感じたってこと?」



「ち、違う!速水さんは、いつも通りに速かった!!最後だって、体半分ぐらいの僅差だったし……」



「それが、答えよ。言ったでしょ?手加減する気は無いってね」




 そう言って、うっすら微笑むと速水シホはダンジョンの出口へと先に歩いて行ってしまう。




「は、速水さん!その、あの……!!」




 反射的に呼び止めてしまったものの、かける言葉が出てこない神坂。勝負の世界というものは非情だ。

 勝者がいれば、必ず敗者が存在する。そして、勝者が敗者にかける最適な言葉など無いのである。




「久しぶりに、楽しかったわ。また、やりましょう……次は、絶対に負けないから!」




 一回だけ振り向いて、そう宣戦布告する速水の姿に、不覚にも神坂は“かっこいい”と思ってしまった。負けてなお、彼女は王者の風格を失わなかったのだ。





 そして、両者がダンジョンのあった多目的ホールから出てくると、一斉に撮影陣のフラッシュが“神坂ナオ”を取り囲んだ。ほんの数時間前までは、“速水シホ”に群がっていた連中が、手のひらを返すように今度は新たに生まれたスターへと吸い寄せられていく。残酷なようだが、これがメディアなのだ。



 しかし、そんなカメラマンたちを押しのけて、神坂は一人の友人の前へと駆け寄っていく。




「ヒカル!私……私……!!」



「うん!ずっと、見てた……凄いよ!!ホントに、凄い……うぅ」




 凱旋した友人の姿を目の前にして、月森の瞳から涙が溢れてくる。そんな姿を見て、神坂は彼女を自然と抱きしめていた。




「色々と、ごめんね。私が走れたのは、ヒカルのおかげ……本当に、ありがとう。今日は、ヒカルの為に走ったから」



「ナオ……」




 月森ヒカルもまた、ずっと不安な気持ちを抱えていたのだろう。それが全て取り除かれていくように、彼女は思い切り神坂の胸で泣きじゃくった。

 そして、神坂ナオは黙って抱きしめたまま、泣き虫な親友の背中をさすってあげたのだった。



 そんな二人をメディアが激写しようと息巻いたが、三浦と朝日奈さんが割り込んでピースサインなどのカメラアピールを取っては、記者の方々から散々な文句を言われている。

 二人のことを気遣っての行動だろう。決して、ただ目立ちたいがための行動ではない……と、信じたい。うん。


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