体育祭・2

「おっ!ちょうど、誰もいないみたい。良かった、良かった」



 さすがに体育祭が始まる直前に、屋上にいる生徒はいなかったか。これが普通の高校とかなら、サボってる男子とかが寝てたりしたのかもしれないが。


 そして、俺は学園から支給されていた、二人三脚用の足を固定するベルトを取り出す。




「開会式まで、そんなに時間も無いし……チャチャっと最終調整だけ、しとこうか」



「うん!」




 そう言って、俺の隣に密着してくる月森さん。もちろん、二人の足を揃えて縛る為なのだが、いまだ慣れずにドキドキしてしまう。


 そんな感情を悟られまいと、平然な顔をしながら、互いの足首を急いでベルトで固定していく。




「これで、良し……っと!出来たよ」



「ありがとう。それじゃ、まずは歩幅の確認からね?」




 このコンビの最大の問題点は、身長差であった。俺は、170前後と普通の身長なのだが、彼女の身長は150ぐらいと非常に小柄であり、どちらの歩幅にあわせるかが重要だった。




「せーの……イチ、ニ!イチ、ニ!!」




 試行錯誤した結果、俺の大きな歩幅に月森さんが合わせるより、俺が彼女の小さな歩幅に合わせた方が、進む距離が短くなる代わりに、テンポ良くスピードアップできて、スムーズな足運びが出来ると分かった。




「今の、良い感じだったんじゃない?ね!?」



「そうだね。この走りを、本番でも出来たら」




 あっという間に、屋上の端から端まで走り切って、手応えを感じる二人。足並みを揃える為に互いの腰に手を回しているので、目が合うと異様に距離が近い。思わず、目を逸らしてしまうほどに。




「そういえば、植村くん……」



「ん!?な、なに?」



「ナオとは、上手くいってる?」



「えっ!?ど、どういうこと?」




 上手くいってるとは、何だ!?もしかして、付き合ってると思われてるのか?

 確かに、ここ最近は早朝や放課後、ずっと一緒にランニングしてたし、目撃されて変な噂が広まっても、おかしくはない。一切、そんな考慮をしてなかった。




「え、練習だよ。ずっと、一緒に練習してたんだよね?そっちは、どうかな〜と思って」



「あ、ああ〜!練習ね!!うん、良い感じに仕上がったと思う。俺は、特に何もしてないけど」




 早とちりしてしまった。全然、勘違いされてなかったわ。焦って、変なことを言わなくて良かった。




「そんなことないよ。最近、ナオも元気になってる感じするし……多分、植村くんのおかげなんじゃないかな」



「そ、そう?だと、良いけど……月森さんは、どう!?神坂さんとは、最近」



「うーん、普通に喋れるようにはなったかな。でも、ナオは練習に集中してるし、あんまり邪魔したら悪いかなと思って」




 そうか。聞く感じ、完全に元通りといった感じでは無さそうだ。二人とも、色々と気を遣ってしまっているのだろう。それだけ、相手のことをおもんぱかっているということか。





「でも……神坂さん、言ってたよ。今度のレース、月森さんの為に走りたい、って」



「えっ!?」



「神坂さんに、謝罪と感謝を伝えたいって。あっ!これ、言っちゃいけなかったかな?やっぱ、聞かなかったことにして!!」



「ぷっ!ふふっ……もう、遅いよ。でも、そっか。ナオが、そんなことを」




 月森さんは素直に嬉しそうな表情を浮かべている。

 やはり、心の底では友人が何を思っているのか不安だったのかもしれない。




「うん。神坂さんは、ちゃんと月森さんに感謝してる。だから、安心して?」



「ん、ありがとう……私、応援する!全力で、ナオのこと応援するよ!!」




 きらきらした瞳で、意気込みを語る彼女を微笑ましく見守っていて……ふと、柵の下のグラウンドを見ると、ぞろぞろとジャージに着替えた生徒たちが集まってきている様子が目に映る。




「てか、やばっ!そろそろ、始まるよ!?開会式!!」



「あっ!すっかり、話し込んじゃったね……急ごう!!」




 おもむろに走り出す月森さんだったが、彼女は今が二人三脚中であることを、すっかり忘れていたようで……。




「きゃっ!?」




 二人の足首を結んでいたベルトが引っかかって、あわや前のめりに転倒しそうになる彼女の体を、俺は慌てて後ろから受け止めた。




「……っと!だ、大丈夫!?月森さん!!」



「あっ、ゴメン!足、結んでたの忘れてた……へへ」



「月森さんって、意外と抜けてるところあるよね」



「そ、そんなことないし!」




 ぐいっと彼女の体を引き寄せると、勢い余って顔と顔が密着しそうになる距離にまで迫ってしまい、互いに驚きと照れで無言になってしまった。




「……ご、ごめん」



「…………」




 なぜか、彼女は何も言葉を発さず、俺のことを至近距離を保ったまま見つめている。


 胸の鼓動が異常なほどに速くなっている。これは、どういう行動を取るのが正解なのか?ぐるぐると思考が巡り、何も考えられない。




「べ、ベルト外すね」



「あ……う、うん!そうだね!!お願い」




 やはり、俺は臆病者チキンだった。






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