神坂ナオ・8

「トップのギルマスって、つまり、自分で一から立ち上げるってこと!?ギルドを」



「うん。ただ、協会に申し込む為には、スタートメンバーが最低でも10人は必要らしくて。今は、その人材集めの最中」



「冗談かと思ったら、本気だったんだ……でも、確かに強いもんね。植村くんなら、本当に叶えられるかも。その夢」




 そうだ。うってつけの人材が、ちょうど目の前にいるではないか。当たって砕けろで、言ってみるか。




「ならさ!もし、今度のレースで神坂さんが優勝したら、俺のギルドに入ってよ!!そうなれば、お互い一緒にトップに立てるよ!?」



「あははっ!もう、トップになること前提なんだ?いいよ……もし、勝ったら入ってあげる。植村くんのギルド」



「えっ!?マジで?本気で、言ってるんだけど。結構」



「私も、本気だよ?だから、勝たせてよね。勝たないと、専属ランナーどころか冒険者を引退しちゃうんだからさ」




 俺の頭を、人差し指でツンと押しながら、彼女はニコッと笑ってみせた。本当に、負けたら冒険者養成校ゲーティアも辞める気なんだ。

 何とかして、勝たせてあげたいけれど、俺が出来ることなんて、せいぜいネットから怪しい練習法を仕入れてくることぐらいしか出来なかった。




「ごめん。俺が、もっと役に立てれば……」




 自分の力不足を反省していると、神坂さんが体育座りをした膝の上に顔を乗せて、こちらを覗き込みながら優しい口調で語り始める。




「私ね?久しぶりなんだ。こんな純粋に楽しい気持ちで、走れたの」



「えっ?」



「最近は、大会で勝つこととか、いかにタイムを縮められるかとか、そんなことばっかり考えちゃってて……陸上を始めた当初は、ただただ走ることが楽しかったはずなのに。いつの間にか、忘れちゃってた気がする。そんな感情」




 ある意味では、それも正しい姿といえる。

 プロなどのハイレベルな世界で生きていく為には、決して楽しいだけではやっていけないだろう。

 ただ、根本に“楽しい”や“好き”の気持ちがなければ、続いていかないのも事実だと思う。


 もしかしたら、神坂さんは根本の原動力を失いかけていたのかもしれない。




「でも……今日は、楽しかった?」



「うん!変な練習とかも含めて、上手く言えないけど……なんか、すっごく楽しかったんだよね」



「へ……変な練習。確かに、そうだけどさぁ」



「ふふっ、ねない拗ねない。それも引っくるめて、植村くんのおかげなんだからさ!感謝してる。ありがとね?」




 その爽やかな笑顔は、まるで全ての迷いが吹っ切れたかのようにキラキラと輝いていた。

 俺のちからなんかじゃない。元々、彼女の精神は強いのだ。それが、ちょっとしたことをキッカケにして、運悪く心の亀裂にヒビが入ってしまっただけだろう。

 だが、そのヒビは割れる前に修復できたようだ。




「神坂さん……俺、信じてるから!絶対、神坂さんが勝つって!!」



「……うん、ありがと。意外と、植村くんって熱い男だったんだね。もっと、クールなのかと思ってたけど」



「そ、そうかな?つい、熱が入り過ぎちゃってたかも。ごめん、ごめん」




 前世では、全くと言っていいほど人とは関わろうとはしてこなかった……いや、できなかった。

 だからこそ、今世では例え少しウザがられようと、他人のことにも首を突っ込んでいこうと思った。


 良い人間関係とは、まずはどちらかが歩み寄ろうとしなければ、永遠に築かれることはない。前の俺は、ずっと歩み寄られるのを待ち続けて、何も起きず人生が終わっていった。今回こそは、自分から歩み寄っていくんだ。


 そんな思いが、前面に出てしまったのかもしれない。




「そういうところ……私は、嫌いじゃないけどなぁ」



「えっ?」




 少し照れくさいような表情をしてから、仕切り直すように咳払いをした神坂さんは、すくっと立ち上がると……。




「決めた!今度のレースは、三人のために走る」



「え……三人?誰!?」



「一人目は、もちろん自分のために。二人目は、ヒカルに謝罪と感謝の気持ちを伝えるために」




 神坂さん……やっぱり、月森さんのことを気にしてたんだ。付き合いは短くても、やっぱり二人は友達なんだろう。知り合った時間の長さなんて、関係ないということだ。




「ん?あと、一人は!?」



「さ〜て、休憩おしまい!タイヤ引き後半戦いってみよー!!」



「えっ!終わりじゃなかったの!?加速練習」



「当然。むしろ、こっからが本番だから!さぁ、早く立った、立った!!」




 ははは……もちろん、俺も参加なわけね。

 こりゃ、明日は動けなくなるかもな。覚悟しておこう。


 覚悟を決めて、お尻に着いた砂を払いながら立ち上がると、質問の答えが返ってないことを思い出す。




「いや、待って。だから、三人目は!?」



「はぁ……ホント、鈍感」



 そう一言だけ言い残して、彼女は呆れたように砂浜を走って行った。もちろん、タイヤを引きながら。

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