神坂ナオ・7
不安定なテトラポットの上を、軽々と駆けていく神坂さんに、俺は外側から
「おっとっと……!」
さすがは全国区のアスリート。俺の投げた球を、華麗に躱しつつもバランスを保っている。こうなってくると、こっちも意地でも当てたくなってきた。
「やるな……これなら、どうだ!」
ポコンッ
あらかじめ、動く位置を計算して、やや早めに投げつけたボールは見事に彼女の頭へと命中した。もちろん、柔らかい素材のボールなので痛くはない。
いわゆる、偏差撃ちというやつだ。何回か【投擲】rank100を使ってきたことで、平常時のコントロールも良くなってきている気がする。最高のフォームを身体が自然と覚えているのかもしれない。
「あぁ!もうっ、やられた!!てか、それよりさ……この練習って、本当に意味あるの?」
「多分、ある。トラップの中には、走ってる途中に矢の雨が降ってくるのとかもあったし」
それは、実際に俺が経験したトラップだ。今に思えば、自動回避が無かったら、どうやってクリアするんだレベルの鬼難易度だったが、これに近いトラップも出てくるかもしれないからな。
「そんなに危険なやつ、体育祭の種目で出すかなぁ……それで、このテトラポットは?」
「走ってる床が崩れ落ちるようなトラップもあるから、それ用にバランスを鍛える練習!実際に、プロの冒険者も似たような練習をしてるらしいよ。ネットで見たから、間違いない」
「ネット情報を、鵜呑みにするのはどうかと思うよ?うん。まぁ、楽しいけどね」
「でしょ?もう一回、やる!?」
俺の問いかけに対して、彼女は何かを思いついたように笑みを浮かべると、逆に仕掛けてきた。
「じゃあ、次は私の練習メニューを一緒にやろうよ。やっぱり、苦労は分かち合わないと!」
その言葉が、地獄の始まりだった。
どこから見つけて来たのか謎のタイヤを引きながら、砂浜を往復ダッシュするという古き良きスポ根漫画に出てきそうな練習に付き合わされること約一時間……。
「もう……ダメだ……足が動か……ない」
ドサッ
ただでさえ、きついタイヤ引きを足場の悪い砂浜の上で連続して行うことで、あっという間に俺の足は限界へと到達し、その場に倒れ込んだ。
幼少期から基礎トレも積んで、それなりに動ける方だと自負していたが、やはり全国区のレベルは遥か上を行っていた。実際、神坂さんは平然と練習を続けている。
疲れすぎて、砂浜の上で眠ってしまうと、しばらくして冷たい感触が
「結構、定番の加速力トレーニングだったんだけど……慣れてないと、さすがにキツかったか。ごめんね?」
そう言いながら、神坂さんは冷たい感触の正体であるスポーツドリンクを俺に差し出し、微笑んだ。いつの間に、買ってきてくれたのか。
「あ、ありがとう……ごめん、ぶっ倒れてた」
「あははっ、見れば分かるって。カラーボールを当てられた仕返し……な〜んて、ね」
よし、次からは絶対にカラーボールは使わない。
「はは……に、しても。さすが、神坂さん。この感じなら、ホントに勝てそうだけどなぁ。速水さんにも」
そう言って、チラッと横に座った彼女の顔を見ると、複雑そうな顔をして下を向いてしまう。やはり、速水さんの話を切り出すのは禁句だったか。
「まぁ、全力は尽くすよ。成果はともかく……わざわざ、練習プランまで考えてくれたんだしね。奇跡でも起きない限り、勝てる見込みは無いけど」
「起こそうよ、奇跡!あきらめたら、奇跡すら起こることはないけど……挑戦する勇気があれば、奇跡が起こる可能性はあるんだから!!」
「そう……かも。思い返してみれば、ここ最近のレースは、ずっと途中で
神坂さんの気持ちは痛いほど分かる。いや、彼女レベルと比べるのは、おこがましいが。
前世の俺は、何事に対してもそうだった。どうせ、頑張ったところで、才能が無いんだから無駄だと。
やる前から、あきらめるのを繰り返して、結局は、全てのことが中途半端なまま、人生を終えてしまった。偉そうに言っていたが、さっきのエールは今の自分に対して言ったのかもしれない。
「神坂さん……」
「決めた。次のレースは、勝っても負けても……最後まで、絶対に諦めないで走る!悔いの残らないように、ね」
「うん!もし、勝ったら……今度は、
「あ〜、それも悪くないかもね。もし、勝てたら……の話だけど。植村くんは、あるの?将来、何になりたいとか!冒険者であることは、そうなんだろうけど」
「具体的にってこと?うーん、そうだなぁ……トップギルドのギルドマスターになる!とか!?さすがに、壮大すぎるか」
聞かれた勢いで答えてしまったが、そういう夢も悪くないかもしれないな。何せ、俺の立ち上げるギルドには“七海アスカ”が、いるのだ。あながち、非現実的な話でもないのかもしれない。
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