神坂ナオ・5
あれから、三日間が経った。
たった三日だが、その間に俺の身近では様々な出来事が起こっていた。
まず、めでたく神坂さんの両脚は完治して、無事に早期退院することが出来た。家族や医者には驚かれていたらしいが、まさか
そして、彼女は陸上部に退部届を出し、正式に陸上選手ではなくなった。もちろん、仲の良い部活仲間からは引き止められもしたそうだが、事故の後遺症を理由に渋々だが納得してもらったとか。
引き止められるのも、無理はない。いくら『速水シホ』という大スターがいるとはいえ、『神坂ナオ』も十分に高校陸上界ではスターに位置する逸材だったことは間違いないのだから。
ただ、それだけ、彼女の意思は固かったということである。
ちなみに、
彼女の人生だし、とやかく自分が口出しすることは出来ないけれど、凄く寂しい気持ちになったのは確かだ。
そして、彼女はローAの代表選手として『ダンジョン・ラン』の競技に、正式に参加することが決まった。彼女の速さは周知の事実だったので、誰も異議を申し立てる人間は現れなかった。
最後に、月森さんとの関係だが、ひとまず謝罪はして、仲直りはしたらしいが、部活も辞めて学園も退学するつもりだと伝えると、やはりすぐには納得してもらえなかったようで、今も微妙な距離感のまま、あまり寮内でも言葉を交わしてないそうだ。そんな簡単に元の鞘というわけにはいかないか、人間関係とは難しいものである。
「植村くん!」
まだ、薄らと霧がかった早朝、ジャージ姿で俺がストレッチをしていると、白い息を吐きながら、噂の神坂さんが同じくジャージ姿で走って来た。
「おはよう。神坂さん」
「早いね。もしかして、朝は強いほう?」
「いや、そんなことないけど。ここ最近、早朝に剣の稽古をするのが日課になってたから。身体が、朝型になってたのかも」
体育祭まで残り一ヶ月。最後のレースとなるであろう『ダンジョン・ラン』に向けて、悔いの残らないよう練習しておきたいとのことで、なぜか俺が付き合わされることになったのだ。
「じゃあ、この為に朝稽古はキャンセルしてくれたってこと?なんか、ごめんね」
「誘ったのは、俺だからね。一応、本番までは付き合うつもりだよ。でも、俺なんかで練習相手が務まるかな?足も、そんなに速くないし」
「いてくれるだけで、いいよ。一人で練習してるところ、もしも陸上部の子に見られでもしたら、気まずいでしょ?その為に、そばにいて欲しいだけだから」
「あぁ〜、なるほどね。だから、こんな早朝に練習ってわけか」
確かに、陸上部は辞めておいて、しっかり体育祭の練習はするんかい!と、思われるんじゃないか……って、ことか。そりゃあ一人だと、不安だよな。
「そういうこと!植村くんも、いくつか競技には参加するんでしょ。足腰は鍛えておいて、損はなくない?」
「まぁ、そうだね。基礎体力の向上にもなるし。あ、そういえば……ローBの代表選手も決まったらしいよ?『ダンジョン・ラン』の」
「聞いてないけど……大体、分かるよ。速水さんでしょ?どうせ」
「うん。そう」
神坂さんは、どこかで覚悟していたはずだ。体育祭で代表選手として走るということは、必然的に他クラスの代表として挙がってくるであろう“速水シホ”と、再び一緒に走らなければいけないということに。
「どうせなら、最後に全身全霊でぶつかって、完膚なきまでに負けてくる。そうなれば、今度こそ本当に陸上には未練がなくなる気がするから」
「神坂さん……」
「じゃあ、まずは軽く走って、身体をあたためようか!行こう、植村くん!!」
「え、あっ、うん!」
そうして、俺は彼女の隣で朝霧の中を走り始めた。街路樹の間からは、海も見えて心地良い気分だ。
軽く走ってと言っていたが、とても“軽く”とは思えないほどに神坂さんのスピードは速く、男の俺でも付いていくのに必死になるほどだった。
これは、俺にとっても良い練習メニューになりそうだ。どうせだったら、自分も体育祭で良い結果を残したいからな。
「平気?つらかったら、もう少しスピード落とすけど」
「いえ!大丈夫ッス!!はぁ……はぁ……」
「いやいや!もう、息上がってるし!!」
彼女は先が思いやられるような呆れ顔を見せながらも、必死に横で走る俺の表情を見て、クスッと笑ってくれたのを見逃さなかった。
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