神坂ナオ・4

「なら、これを使ってよ。別に、陸上を再開しなくてもいい。普通の生活に戻るにしても、その足じゃ色々と不便じゃない?」



 そう言って、俺は再び包帯アーティファクトを彼女に差し出した。せっかく苦労して獲得してきたんだ、せめて怪我だけは治して欲しい。




「で、でも……タダで、そんな貴重な物を受け取るわけにはいかない。申し訳ないもん」



「う〜ん……なら、一つだけ条件を出すよ。それを受け入れてくれるなら、この秘宝を渡す。神坂さんも、後ろめたい気持ちがなくなるでしょ?」



「構わないけど、陸上選手に戻れっていうのはNGだから。それ以外なら、まぁ」




 先手を打たれたか。と、なると……月森さんと仲直りして?いや。俺に言われて仕方なく仲直りしたところで、それは本当の関係修復とは言えないよな。


 ん、そういえば……!




「わかった!なら、こういうのはどう?」



「ん……なに?」



「来月の体育祭で、ローA代表で『ダンジョン・ラン』の選手として、走って欲しい」



 冒険者養成校ゲーティアの体育祭で目玉競技となっているのが『ダンジョン・ラン』。

 各クラスの代表者が、ダンジョン・メーカーで作成されたアスレチックミッションのコースを走って競うという、いわゆる学年No. 1のランナー決定戦で、もちろん配分されるポイントも大きく、一発逆転も狙えるレースだ。




「結局、走れって言ってるし!」



「あ、いや……体育祭の数レースだけだから。イベントみたいなもんでしょ」



「えぇ……でもなぁ」



「神坂さんが本気で陸上を辞めるつもりなら、ちゃんとケジメをつける為にも、これを最後のレースとして区切りをつけない?勝っても負けても、悔いのない走りをして終わりにした方が、あとあと後悔しないと思うんだけど」




 必死に説得する俺の顔を、ジト目で見つめてきて彼女は嫌味っぽく呟いた。




「なんか、植村くんって……詐欺師みたいだね」



「うっ!褒め言葉として、受け取っておくよ。ちなみに、タダでは受け取れないって言い出したのは、神坂さんの方だからね!?」



「そっか……そうだったね。じゃあ、分かったよ。体育祭でのレースを、私の引退レースにする」



「あっ。ちなみに、ちゃんと本気で走ってね?クラスの得点もかかってるから」



「分かってるよ!私だって、最後のレースになるんなら、悔いなく全力を出し切りたい」




 さすが。やはり、アスリートとしての魂は残っていたようだ。とにかく、こちらとしては彼女の脚を治療できれば、ミッションクリアなわけなのだが。




「じゃあ、どうする?今、使う!?この包帯アーティファクト



「うん。植村くん、巻いてよ」



「えっ!?俺?」



「他に、いないでしょ?さすがに、自分で巻くのはキツいもん。片足だけだったら、いけたかもだけど」




 変なことを考えるな、俺!ただ、女の子の脚に包帯を巻くだけの簡単なお仕事だ。それだけに、集中するんだ!!


 仕方なく引き受けることになった俺は、彼女の両足のギプスを指示に従いながら、丁寧に外していく。




「どれぐらいで、治るの?」



「わからない。怪我の程度や、巻き具合によって変わってくると思う。まぁ、でも今から使っておけば、明日の朝には良くなってるんじゃないかな」



「なんか、不安だなぁ。もし、悪化したら……一生、私の足として生きてもらうからね?植村くん」




 久しぶりに見た笑顔で、冗談を飛ばしてくる神坂さん。本気で言ってたら、怖いけど。秘宝アーティファクトの失敗例は見たことないし、大丈夫だと信じよう。


 良い感じに筋肉のついた綺麗な足へ、丁寧に包帯を巻いていく俺。いやらしい感じを出さないように、真剣な表情は崩さない。


 すると、時間が経って冷静になったのか、後悔したように彼女が小声を発した。




「私……ヒカルに、ひどいこと言っちゃった。謝らないと」



「ん、大丈夫だよ。月森さんなら、神坂さんの気持ちも分かってくれてる。素直に謝れば、すぐに許してくれる」



「うん……だと、いいけど」




 思わずカッとなることぐらい、誰にでもある。大事なのは、そのあとなのだ。俺に出来ることなら、二人の仲を取り持ってあげたいところだが。




「ねぇ、植村くん」



「はい。なに?」



「植村くんって、ヒカルのこと好きなの?」



「ななな……何を、急に!?手元が狂うようなこと、言わないでよ!」




 慌てて落としそうになる包帯を受け止めて、何とか無事に右足を巻き終える。女子は恋バナが好きとは聞くが、このタイミングで始めなくても……。




「え、だって……小学生の時は、良い感じだったんでしょ?ヒカルから、聞いたよ」



「あぁ、まあ……その頃は、確かに好きだったかもしれないね。でも、あれから時間が経ってるし、今のお互いのことは、まだ良く知らないし、そういうのは無いかな。まだ」



「ふーん。そうなんだ」





 動揺して、必死に弁明してるみたいになってしまった。正直、可愛いと思うし、付き合えるなら付き合いたいとも思ってるけど、これが恋愛感情なのかと聞かれたら、分からなかった。

 人生二周目の俺でも、恋愛経験だけは皆無なのを今さらになって痛感した。

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