神坂ナオ・3

「ナオ。来たよ」



 共同の病室だが、自由に視界をシャットアウトできるカーテン代わりのマジックミラーで仕切られた一室に、両足をギプスで固定された神坂さんがベットで横たわっていた。


 ダンジョンを攻略した翌日、俺と月森さんが代表してお見舞いに訪れていたのだ。もちろん、例の『活性包帯DX』を渡す為である。




「ありがとう、ヒカル。植村くんも。何回も、来てくれなくても大丈夫なのに」




 言われてた通り、両足こそ痛々しい処置が施されていたものの、上半身は特に目立った傷痕なども見当たらず、そこは一安心だった。




「うん……実はね?今日は、ナオに渡したいものがあって来たんだ。ちょっとした、お見舞い品」




 時間が経ったら、渡しづらくなると感じたのか、彼女は早速にも例の包帯を友人へと手渡した。




「何、これ!?包帯……?」



「ただの包帯じゃなくてね?それ、実は秘宝アーティファクトなんだ。昨日、手に入れたばっかりの」



秘宝アーティファクト!?これが?一体、どんな……?」



「それを巻くと、どんな怪我でも治せてしまうの。もちろん、それがみたいな重症であっても」




“骨折”という言葉を、わざと強調して話す月森さんに、神坂さんも状況を察知したようだった。




「もしかして……私のために、を?」



「そうだよ。植村くんの知り合いからの情報で、その秘宝アーティファクトが眠るダンジョンの存在を知って、みんなで攻略してきたんだ」



「そう……だったんだ」




 なぜか、あまり嬉しそうな反応じゃない神坂さん。

 申し訳なく思っているのか、それとも……。




「ねぇ……これ、使ってみない?怪しいかもしれないけど、正真正銘の秘宝アーティファクトだから」



「……せっかくだけど、ゴメン。それは、他に怪我とかで悩んでる子に使ってあげて?」



「えっ、大丈夫だよ?ナオに使っても、使いきらないぐらいには長さがあるし!ナオの為に、取ってきたんだから。これを使えば、また陸上選手としても第一線で復帰できるよ、きっと!!」




 良かれと思って、つい口に出した月森さんの“陸上選手”というワードが、神坂さんの逆鱗に触れてしまった。




「だから、走りたくないって言ったよね!?ヒカルまで、私に演じろって言うの?ずっと、道化の役を!」



「道化……何を、言ってるの?私は、ただ……ナオがまた笑顔で走る姿を見れたら……って」



「笑顔でなんて、もう走れないの!もう、あの時みたいに……陸上を、楽しいなんて思えなくなってるんだよ!!」




 クールな神坂さんが、ここまで大声を張り上げるとは。このマジックミラーが防音加工じゃなかったら、心配されて誰かが駆けつけてくるレベルだった。それだけ、取り乱しているということだろう。




「な……何が、あったの!?あの大会の時だよね。私で良かったら、何でも話を聞くから!話してみてくれない?」



「……何も、ないよ。ただ、私が遅いのが分かっただけ!もう、放っておいて!!」



「放ってなんて、おけないよ!私たち、友達でしょ!?」




 断固として引き下がらない月森さんに向かって、わなわなと震えながら秘宝である包帯を投げつけた神坂さんは、ついに心にも無いはずであろう言葉を発してしまう。




「知り合って、まだ一ヶ月そこらだよね?ルームメイトになったぐらいで、友達ぶらないで!ヒカルの偽善を、私に押しつけないでよ!!」



「……っ!?」




 さすがに、その言葉にはこたえたのか、月森さんは何事も発することなく、病室から去っていってしまった。俺の横を過ぎ去った顔からは、涙が見えた気がした。


 そして、コロンと床に落ちる秘宝アーティファクト。俺は、それを静かに拾い上げた。




「……追いかけてあげれば」




 バツが悪そうに、そっぽを向きながら彼女が言葉を発した。月森さんを追いかけたい気持ちもあったが、同じぐらいに神坂さんも心配だった。




「もう走りたくないなんて、嘘だよね?もちろん、月森さんに言ったことも本音じゃない」



「……なに?あなたに、私の何が分かるの!?」




 分かる。実は、こっそりと【精神分析】rank100を発動させて、彼女の動向を探っていたのだ。

 この【精神分析】は、いわゆる嘘発見器みたいな役割も出来て、相手が虚偽の発言をすると、それを感知することが出来るのだ。


 不謹慎だとは思ったが、彼女の本心をうかがい知るには、それが確実な方法だった。


 神坂さんからは嘘の反応が出ていた。つまりは、本当はということだ。




「骨折を治したって、走らなければ良いだけのことでしょ!?なのに、なぜ、そこまで秘宝での治療を拒むの?」



「そ、それは……!」



「治ったら、また走りたくなるのが分かってるから……そうじゃない?骨折したままなら、物理的に走れなくなる。この状況が、好都合だった」



「ち……違う!!」




“嘘”の反応が出ている。やっぱり、彼女は本当は走りたいんだ。だけど、何らかの理由で走りたくもないジレンマに陥って、悩んでいるのだ。


 学園で朝日奈さんに頼んで、例の陸上大会について色々と事前に調べてもらっていた。おそらく、“速水シホ”という人物が、関係しているのかもしれない。





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