神坂ナオ・2

 表彰式を終えて、早々に立ち去る私。後ろの速水さんは、まだ取材に追われていた。同じ学園で、同じ部員同士というのも、また気まずい。


 彼女なら、陸上一本でも十分に活躍できるはずなのに、なぜ冒険者の道に進んできたのか。私に恨みでもあるのかと思ってしまったりもするが、そんなはずはない。自分が、単に嫉妬心を抱いてるだけなのは分かっていた。


 控室に戻る道すがら、ふと深刻な声が聞こえて、私は自然と足を止める。




「私、陸上やめよっかなと思ってんだよね〜」




 物陰からチラリと見ると、その声の主は同じ決勝レースを走っていた選手だった。一緒にいるのは、同じ部の友達だろうか?




「え、本気?もったいないよ。全国の決勝に進めるほど、速いのに!」



「まぁ、そうかもしんないんだけどさ。うちらの世代に、“速水シホ”がいる限り、トップになることはないんだよ?多分、一生」



「確かに、速水さんは凄いけど……努力して、頑張ればさ!」



「頑張ってるのは、向こうも一緒。この世の優劣は、ほとんど生まれた時に決まってんのよ。類稀たぐいまれなるスキルに恵まれた天才には、いくら凡人が努力を積んだところで追いつけない。悔しいけどね」




 同感だ。私の【韋駄天】もランナー系のスキルとしては優秀な部類に入るだろう。だからこそ、幼少期は活躍することが出来ていた。ただ、世界は広い。上には、上がいるのだ。

 彼女の【神速】は、別格だ。世界ジュニア陸上でも優勝を果たして、海外では“ゴッド・スピード”などと呼ばれているとか。所詮しょせん、私は井の中のかわずだったわけである。




「そっかぁ……でも、やめて何するの?」



「せっかくだし、華のJKライフを満喫まんきつしてやろうかなって。無駄な部活に時間を割くより、そっちの方が楽しそうじゃない?」



「それも、良いかもね。もしかしたら、他に将来の夢とかも見つかるかもしれないし」



「でしょ?てか、まだ私はマシな方だと思うけど。神坂さんとかは、可哀想だよね〜」





 邪魔しないよう立ち去ろうとした時、いきなり自分の名前が呼ばれて、私は動けなくなってしまう。直感では聞かない方が良いと分かっているのに、興味が勝ってしまう。自分の話がされようとしているのだ、当然だろう。




「神坂さん……あぁ〜!二位だった!?そういえば、いつも銀メダルだよね。あの子」



「そう、時代が時代なら彼女が絶対王者と呼ばれてたかもしれない。でも、この時代には“速水シホ”が存在してしまった」



「あぁ……“10年に一人の逸材”の前に、“100年に一人の逸材”が現れちゃった感じ?そりゃ、可哀想だわ」



「なまじ、彼女みたいに優秀な成績だと、私みたいに“はい、辞めます!”とは、いかないでしょ?一生、女王の引き立て役として生きていかなくちゃいけないんだよ。マジ、かわいそ〜」




 やはり、自分の直感には素直であるべきだった。これ以上は、聞くに耐えなかった私は、その場を足早に離れた。もしかしたら、彼女たちに気付かれてしまったかもしれないが、そんなことはどうでもいい。


 悪気は無かったのかもしれないが、あの一言で今までの私の陸上人生が全て否定された。そんな気分に陥ってしまったのだ。


 いや、本当は心の中で自分も感じていたことなのかもしれない。その事実から、ずっと目を背けてきたのに、それを突きつけられてしまって、抑えていた感情が沸々と溢れ出してきた。



 このままじゃ、ダメだ。



 本来なら、部員は集団行動で帰宅する予定だったのだが、私は早々に荷物をまとめると、顧問の先生にメッセージを飛ばして、先に帰ることにした。今の心理状況で、速水さんと鉢合わせたら、自分の感情がどうにかなりそうだ。


 帰って、シャワーを浴びて、ベッドに入ろう。一晩明ければ、嫌なことも忘れられるはずだ。



 そうやって、ずっと自分のことをだまして生きていくのか?違う、もう何も考えるな。



 足早に競技場を抜けると、聞き覚えのある声に呼び止められた。




「ナオ!」




 振り向くと、そこにいたのは気の知れたルームメイトだった。




「ヒカル……?」



「応援しに行くって言ったでしょ?凄かったよ、準優勝おめでとう!」




 真っ直ぐな感想を受けて、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ち、情けない気持ちとが複雑に混ざり合って、気付いたら私は涙を流していた。




「ナオ……どうしたの?何かあった!?」



「な、なんでもない!ごめんだけど、今は一人にして欲しい……ホントに、ごめん!!」




 どうせ同じ部屋なのだから、すぐにまた会うことになるのに、なぜか変な強がりが発動してしまった私は、慌てて手で涙を拭うと友人を残して走り去った。




「待って、ナオ!何かあるなら、聞くよ!!」



「ついてこないで!!」




 しかし、彼女は私を追ってくる。優しい性格なのは分かっているが、今は誰とも話す気にはなれない。


 伊達にスポーツ推薦で進学してるだけあって、なかなか振り切ることが出来ない。どこまで、追ってくるつもりなのだろう。



「いい加減に……」



「ナオ!危ない!!」



 キキーッ……ドン!!!




 後ろに気を取られた彼女は、赤信号の車道に飛び出してしまい、車に追突された。自動制御で止まるはずの車も、彼女のスピードが逆に仇となり、停止が遅れてしまったのだ。


 月森ヒカルは、慌てて横たわる友人のもとへと駆け寄っていった……。






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