第6章 翼の生えたランナー

神坂ナオ・1

 春季総体陸上 全国大会 女子100m決勝



 胸の鼓動が高鳴る。こういう大舞台のレースには慣れているが、横に並ぶの存在を意識すると、いつも緊張感が抑えられない。



“速水シホ”。中学時代の名だたる陸上大会を総ナメにしてきた、スプリント界の絶対女王。

 彼女の持つユニークスキル【神速】は、速さに特化した神シリーズの一つだった。




『オン・ユア・マーク』




 正確なスターターを務めるアンドロイドから、準備の声が掛かり、各選手が一斉に体勢を整える。


 チラッと絶対女王の横顔に目をやると、彼女は真っ直ぐにゴールだけを見つめていた。綺麗な茶色がかったベリーショートの髪型も相まって、その横顔は下手な男子よりも魅力的で色気を放っていた。



 そんなことを考えてる場合じゃない。



 今日こそは、勝つんだ。絶対に!



 スターターの右腕アームが上がり、持っていたピストルが天に向かって空砲を鳴らす。



 パァン!



 その音と同時に、まるでそのピストルから射出された弾丸の如く、選手たちが駆け出した。

 フライングの判定は無い。みんな、上々のスタートダッシュを切ったようだ。



 絶好のスタートだった。でも、見慣れた背中が一つ、前方に見えている。



 彼女とは、何回目のレースになるだろう?数々の大会で争ってきたが、いつも私は二番手に甘んじていた。


 小学校の頃までは、私も“神童”や“スピードスター”などと呼ばれて、それなりに陸上界では名の知れた人物だった。しかし、中学に入った頃、彼女が現れてからは、誰も私を大層な二つ名では呼ばなくなる。

 密着取材をしていたメディアも、手のひらを返すように、“速水シホ”を持ち上げ始めた。


 だけど、それは仕方ないことだ。この世界は、実力がものを言う。速さだけが、正義なのだから。




 三番手の子とは、だいぶ差がついたはずなのに、彼女との差は埋まらない。それどころか、離されてる気がする。まだ、ギアが上がるというのか。



 やっぱり、今日もダメだ……。



 あと数メートル、負けを確信した私は、そこで全力を出すのをやめた。ここで手を抜いても、二位は確定だろう。どうせ、同じ二位ならば、無理して怪我するリスクを少しでも下げる。



 彼女から少し遅れてゴールラインを切ると、視界に“2nd”の表示とタイムが可視化された。これで、また銀のメダルが増えた。いつからだろう?小学生の頃に獲得していた金のメダルの数を、追い抜いていたのは。



 そういえば、今の私にも二つ名はあったな。

“シルバーコレクター”、“名勝負製造機”……どちらも、自慢できるようなものではないけど。




 すると、一位の絶対女王が、おもむろに私の方へと近寄ってきた。




「神坂さん。もしかして、本調子じゃなかった?いつもの走りじゃなかったような気がしたんだけど」



「えっ……き、気のせいじゃない?私は、いつも通りだよ。それより、おめでとう。やっぱり、速水さんには敵わないよ」




 精一杯の愛想笑いを浮かべて、私は彼女から小走りで離れていく。後ろの選手に目を配る余裕があったことにも腹が立ったし、本気を出してないのがバレてたようで後ろめたい気持ちもあった。


 私なんかに気をかけるな。女王は、黙って玉座に君臨していればいいだろ。





 しばらくして振り向くと、彼女は大勢のメディアに囲まれていた。高校の大会に、あれほどの報道陣が集まるのは異例である。

 彼女の美しい容姿や、規格外のスピードもあるだろうが、理由は他にもあった。




「速水選手、圧巻の走りでしたね!優勝おめでとうございます!!」



「ありがとうございます」



「噂では、五大ギルドである龍宝財団から正式にランナーとしてスカウトされたようですが、その事実は本当なのでしょうか?」



「はい、本当です。ありがたいことに」





 そう、彼女も同じ『冒険者養成校ゲーティア』に通う冒険者ランナー兼業の道を選んでいたのだ。ロークラスBの生徒だけれど、早々に大手ギルドからお声が掛かったらしい。実力から考えれば、当然のことだろう。ランナーとしては当然のこと、宣伝効果としても申し分が無い人材だ。


 おそらく、二年に進級する頃には、彼女はハイクラスに昇級していることだろう。陸上選手としてだけでなく、冒険者としても差は離される一方だ。



 時々、ふと考える。



 私は、何の為に走っているのだろう?と。



 名声が欲しい?お金の為?他に取り柄がないから?


 いや、どれも違う。昔の私は、純粋にから、走っていたはずだ。



 いつからだろう?走るのが、楽しくなくなったのは?


 いつからだろう?走るのが、苦痛になってきたのは?



 見上げた空は真っ青に広がっていたのに、どこか薄暗く感じた。

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