LV2「試験迷宮クノッソス」・12

 霧隠くん率いる『六文銭』チームだけ残されたフロア上空に黒雲が立ち込めると、その中から異形の悪魔が姿を現す。


 三つ首のドラゴンのような形態だが、それぞれの首についた顔は白く凛々しい鳥、獰猛な犬、不気味な老人と、胴体に似つかわしくない各々のフェイスを備えていた。


 そして、例の紹介テキストが表示された。



 ブネ

 飛行型・公爵級クリーチャー



「う……うわああああっ!!」




 その、おぞましい姿の怪物を目の当たりにして、チームの二名がパニックに陥って、発狂し始める。


 一人は、うずくまってガクガクと震え出すと、もう一人は口から泡を吹いて気絶してしまった。

 その容貌を見ただけで、精神耐性の低い者を恐怖状態にさせてしまうのも、悪魔ブネの特性の一つなのであった。




「クソッ!何だよ、あれは!?さっきの奴で、終わりじゃないのか!!」




 霧隠の叫びに、頭上から再び本田スエキチ教諭の補足が入る。




『そいつは、エクストラボスじゃ。ハーゲンティよりも格上のクリーチャー。手こずるじゃろうが、頑張ってくれたまえ』




 そう言って、杖の通信を切ってしまう本田に、隣にいたひじりマリアが苦言を呈した。




「無理です!ただでさえ、これまでの戦闘で疲弊しきってるというのに……公爵級は、レベル3以上に想定されるクリーチャー。ろくに経験も積んでいない新入生が、クリアできるレベルじゃありません!!」



「去年は、クリアしとったじゃないか。1チームだけじゃが」



「あれは、天馬くんが特別だっただけです!それに、仲間もハイクラスでしたし……彼らは、まだギルドにも属したことのないロークラスですよ?」



「まぁまぁ。死んでも、元に戻るんじゃから良いじゃないの。実際のダンジョンでも、イレギュラーな事態は発生するもんじゃ。ここで、敗北する経験を積んでおくのも勉強じゃと思うけどのう」




 やっぱり、勝たせる気が無いんじゃないか!と、喉元まで声が出そうになったのを、聖教諭は仕方なく抑えた。こうなったら、この頑固老人は聞く耳を持たないことを悟っていたからである。


 せめて、生徒たちが無事にあるように、と……聖マリアは両の掌を合わせて、天に祈りを捧げるのだった。




「霧隠くん!どうするの!?」




 仲間の女生徒が、リーダーである霧隠に指示を求めると、焦った様子で彼は答えた。




「す……ステルスアプリだ!まずは、透明化して敵の情報を探る!!」



「発狂した二人は!?」



「そいつらは、もう使い物にならない!放っておけ!!」




 そそくさとアプリを起動させて、透明化するリーダーに、なくなく残っていたメンバーも続けて光学迷彩ステルスを発動させていく。




「キシャアアアアアア!!」




 突如、金切り声のような鳴き声を鳥の部分の頭が叫ぶと、ブネは両翼を勢いよく同時に羽ばたかせた。




 ゴウッ!!




 その両翼から発生された大旋風は、フロア全体に拡散されると、『六文銭』のメンバーたちを次々と吹き飛ばして、壁に激突させていく。


 その衝撃で、すぐに光学迷彩ステルスの効果が遮断されてしまうと、全員の姿があらわとなってしまう。




「ぐはっ!?」




 ぐったりとなりながら霧隠が周囲を見回すと、他の全員が気を失って倒れているようだった。元々、奇襲作戦を実行する為に集めた工作員タイプのサポーターばかりであったので、実戦の耐久値は低かったのだろう。



「ウオオオオオオオオン!!」



 絶体絶命の状況で、上空の奇怪竜ブネへ目を移すと、今度は犬型の顔の口から火球が吐き出され、それが一旦、宙に停止して徐々に膨らんでいくのが見えた。


 すぐに、それがブレス攻撃だと察知した霧隠は、頭の中で打開策を試行錯誤するが……。




「ぎ……ギブアップだ、リタイアする!ここで負けても、俺たちのトップ通過は変わらないんだろ!?」



『それは変わらんが、このボーナスチャンスは二番目に攻略の進んでいた班に順番が移るぞ。そうなっても、良いのか?』



「構わない!どうせ、こんな奴、誰にも倒せっこねえ……早く、戻せ!!」



『よかろう。リタイアを許可する』




 例え再生されるとしても、死ぬ時の痛みは感じる。

 炎に焼き尽くされる自分を想像してしまった霧隠が、リタイアを選択したのも極めて正常な判断だったといえるだろう。

 生き返ると分かっていても、死への恐怖というものは、それほど凄まじいものなのだ。




『六文銭』の生徒たちが次々と転送されていくと、代わりに『月森小隊』の面々がフロア内へと強制的に再転送される。


 一部始終のやり取りを外から見守っていたので、“二番目に攻略が進んでいた班”が自分たちだと自覚していた彼らは、この事態を予測してはいたが、予想外だったことが一つ。



 それは、ということ。



 上空のブネが作り出した豪火球は、巨大な球体となって転送されたばかりの『月森小隊』へと放出された。


 そして、植村は思わず叫ぶ。




「いや、ここからかよッ!?」


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